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» 2011年11月25日 12時00分 UPDATE

挑戦者たちの履歴書(128):先輩にうまく乗せられて覚えたFORTRAN

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。今回は、瀧田氏の日電東芝情報システム時代を取り上げる。初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

[吉村哲樹,@IT]

 大学卒業をわずか2カ月後に控えた2月、ぎりぎり滑り込みで就職先の内定を得た瀧田氏。当時、NECと東芝が共同で開発していた「ACOS」というメインフレームの販売とサポートを手掛ける日電東芝情報システムに、大型汎用機のSEとしては同社初の女性技術者として入社することになった。今でこそ女性SEは決して珍しい存在ではないが、まだメインフレームやオフコンが主流だった当時のIT業界で、女性技術者は数少ない存在だった。

 「新人研修を終えて配属されたのは、製造業のお客さん向けにACOS6という最も大型のメインフレームを提供している部署でした。男性しかいない職場に初めて女性が入ってきたものですから、周囲も私のことをどう扱っていいものやら、随分戸惑っていたようですね!」

 その部署が主に扱っていたのは、製造業向けのCADシステム。今でこそCADソフトウェアはPC上で動かすのが当たり前になっているが、当時は大規模な設計に使うCADシステムはメインフレーム上で動かしていたのだ。そして、ソフトウェア開発に使うプログラミング言語はFORTRAN。新人研修で、生まれて初めてCOBOL言語のプログラミングを習った瀧田氏にとっては、当然まったく未知の分野だ。

 「FORTRANの学習のために先輩社員から課題を出されたのですが、当然なかなかできないわけです。そうすると、『何だ、まだできないのかよ!』と挑発されるんです。それが、悔しくて悔しくてしょうがなくて!」

 プログラミングの参考書を山ほど買い込んできては、参考になるようなプログラム例が載っていないか、しらみつぶしに調べた。「なるほど、こういうときはこう書けばいいのか」。こうして完成したプログラムを先輩社員のところに持っていくと、「何だ、やればできるのか」とまた挑発される……。

 「それでまたカチンと来て、がむしゃらになって取り組むんですが、今思うと、先輩にうまく乗せられてたんですね」

 こうしてプログラマとしての階段を1歩ずつ登り始めた瀧田氏だったが、実はこの時期、同氏の別の才能が思わぬところで開花している。メインフレームのシステムは、リプレイスまでの期間が長い。いわゆる、「足の長い」ビジネスである。従って、一度システムをリリースしたら、次のリプレイスまでの間、技術者には空き時間ができる。

 「この暇な時間を使って、PCのCADソフトを売り歩くよう、会社から命じられたんです。営業さんと二人三脚での、いわゆる飛び込み営業でしたね」

 営業担当者がアポ取りをした企業に、NECのCADソフトをインストールしたPCを持参して売り込みを掛ける。さぞ新米エンジニアには荷が重い仕事かと思いきや……。これが思いのほか売れたのだと言う。顧客は名だたる大手の製造企業。中には、北海道の企業もあった。

 「真冬の北海道で、客先で徹夜してサポートを行ったこともありましたね。『夜になったら暖房が止まるけど、頑張ってね』『えー!!』なんて言いながら!」

 こうした営業成績が認められて、NECから表彰まで受けたというから、生来の営業センスがあったのかもしれない。

 「営業は決して嫌いではなかったですね。それに、暇な時間が耐えられないんです。じっとしているのが嫌で、時間さえあれば営業さんとCADソフトを売り歩いていましたからね。性格的には、汎用機プログラマの仕事より向いているんじゃないかと思ったぐらいです!」


 この続きは、11月28日(月)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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