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JASRACモデルの限界を超えて――「初音ミク」という“創作の実験”クリプトン・フューチャー・メディアに聞く(4) 最終回(3/3 ページ)

» 2008年02月26日 11時44分 公開
[岡田有花ITmedia]
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 「『Googleはすばらしい』という本が売れ、『何でもオープンにしようよ』という人たちが現れている。オープン化には賛成するが、『コンテンツはタダ』という発想に、作る側として違和感を抱かざるを得ない」

 同社が専門にしてきた音楽や、取り引きのある映像分野。質の高いものを作ろうとすると、数千万円単位のコストがかかる。無料でばらまいて広告で回収というモデルでは「費用対効果が合わない」(伊藤社長)。

画像 ニコニコ動画は、動画に関連する商品情報をユーザーが貼り付ける「ニコニコ市場」など独自の収益モデルを構築している

 「『Googleから見えなければネットにないのと同じだから、みんな真っ裸になって全部見えるようにしてね、そうしたらGoogleが少しは分ける』という形は、音楽や映像産業に対するインパクトが感じられない。権利者を踏み台にした創作はできるだけ排除しなければ、健全な場は維持できなくなる」

 動画サイトで大きくもうけることは難しいとも感じている。「PC事業で言う『スマイルカーブ』がネットの動画ビジネスにもあるのでは。もうかる川上と川下はAdobeとAmazon。YouTubeやニコニコ動画など投稿サイトは中間部分。インフラコストが大きすぎてなかなかもうからない」

 確かに、ニワンゴ取締役の西村博之(ひろゆき)さんが話していた通り、動画サービスはコストが大きい。ドワンゴもニコニコ事業では赤字を出し続けており、プロの創作をまかなえるほどの収入を得るのは難しいかもしれない。

 大作ゲームや映画、コストをかけた音楽作品など、多大な資金を必要とする作品は、既存の「権利を固めて守る」ビジネスモデルで残っていくと伊藤社長はみている。

 ただDRM強化には開発コストがかかるし、コピーを監視するコストもぼう大。コピーフリー時代に対応した取り組みとして、DRMフリーのMP3を販売する例や、英国のバンドRadioheadが行った、買い手が自由に価格を付けられるMP3販売のように、ユーザーの“気持ち”に期待したビジネスなど、試行錯誤が始まっている。

「認められたい」をかなえるために

 「認めたい」「認められたい」という気持ちをつなぐことで、人と音楽は幸せになれるのではないか。プロミュージシャンを目指して北海道から上京し、夢破れて戻ってきた友人たちへの想いと、プロの世界の“搾取構造”への違和感が、伊藤社長の考え方の原点だ。

 「プロを目指して上京した人をたくさん見てきたが、やっとプロになっても激しい中間搾取があり、音楽で飯を食える人はごくわずか。30歳を過ぎて戻ってきても、人生で一番吸収率がいい期間を音楽に費やしてしまったため、大した仕事に就けない。音楽をやっている多くの人は、ワーキングプアかもしれない。趣味で音楽をやっている人たちの方がプロと比べてもはるかに楽しそうだし、生活もできている」

 それでも若者がプロになりたがるのは「認められたいからではないか」と伊藤社長は言う。「その願望は、昔だとプロになるしか実現の方法がなかったかもしれない。でも、もっとカジュアルに『認められたい』の方法を提供できれば、人も音楽も幸せになるんじゃないか」

 ITの進化がもたらしたCGMの発展で、プロにならなくても「世に出る」ことができるようになってきた。「食えないプロを目指して結果としてワーキングプアになるよりは、他に仕事をする片手間に、好きな作品を作る方が健全だと思ってる」

世の中のmissing pieceを埋めていきたい

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 今ある仕組みが時代に合っていないと気づいていても、ドラスティックに変えることは難しい。だが「今までよりももっといい仕組みを考えることはできる」と伊藤社長は言う。

 「誰もが創作活動を通じて自己表現でき、正当に認められる世の中が理想と思う。そのためのサービス提供、製品開発を続けていきたい」

 「メタクリエイター」を自認する同社。自ら「初音ミク」や「ピアプロ」といった商品・サービスを生み出す「クリエイター」でありながら、ほかのクリエイターの役に立つ「クリエイターのためのクリエイター」でありたいという。

 同社のミッションは「世の中のmissing pieceを埋めていくこと」。初音ミクの思いがけないヒットで直面した、アマチュアの豊かな創作とそれを支える仕組みの不備。みんなの声に耳を傾けながら、未知の分野の足りないピースを、手探りで埋めていく。

 初音ミクは「未来への羅針盤」だと伊藤社長は言う。ミクという羅針盤をたずさえ、ユーザーと一緒に、未来を切り開いていければいい。

 航海はまだ、始まったばかりだ。

 無劣化のデジタルコピーが容易になり、ネットを使って誰でも発信できる時代。企業も個人も創作・発表する中で、旧来の著作権の仕組みがひずみを起こし始めています。

 創作のあり方はどう変わるのか。今、求められる著作権の仕組みとは――著作権の現場から考える連載「おもしろさは誰のものか」を、講談社のオンラインマガジン「MouRa」と共同で展開していきます。


クリプトン・フューチャー・メディアに聞く バックナンバー

(1)「音の同人だった」――「初音ミク」生んだクリプトンの軌跡

(2)「初音ミク」ができるまで

(3)初音ミクが開く“創造の扉”


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