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仕事は生きざまであり、存在そのもの――本城慎之介さんキーマン、本を語る【子どもたちに手に取ってほしい3冊】(3/3 ページ)

» 2012年07月26日 12時00分 公開
[取材・文/伏見学,ITmedia]
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「冒険者たち ガンバと15ひきの仲間」

 この本は1972年に刊行されたもので、僕と同い年なんです。最初にこの物語を知ったのは子どものときに見たアニメで、原作は中学生のころに初めて読みました。しばらく経って、大人になってから何かのきっかけで再び読み、その後、子どもに買ってあげて、僕自身も何度も読み返しています。

斎藤惇夫著、薮内正幸イラスト「冒険者たち ガンバと15ひきの仲間」(岩波書店) 斎藤惇夫著、薮内正幸イラスト「冒険者たち ガンバと15ひきの仲間」(岩波書店)

 子どもにとって冒険することは大切なことです。冒険というのは、どこか遠くの自然に出掛けることだけではなくて、何にか身近な新しいことにチャレンジするということも立派な冒険です。例えば、怖いけれどもまずは自分でやってみる。苦手だけど食べてみる。「思考より試行」が重要だと考えています。試してみるということが子どもの成長にとっても、大人の成長にとっても大切であり、その中でも失敗の経験から人間は学んでいくのです。失敗するためには多くのことに挑戦しなければなりません。

 「思考より試行」というフレーズが僕の中で生まれた経緯はよく覚えています。ある大学の学園祭で「創造的思考」について話してほしいという依頼があったのですが、思考するよりも試行することの方が大切なのではないかと改めて思ったからです。

 例えば、三木谷さんと働き始めるときも、「この先どうなるか分からないけど、この人と共に時間を過ごしてみることの方が大切だ」と思って飛び込みました。あまりくよくよ考えずにやってみることが、多くの経験や学習につながると僕は思います。

 また、冒険には仲間が必要です。一人の冒険もありますが、仲間がいた方がお互いに喜びも悲しみも分かち合えます。この本でも15匹のネズミが一緒に冒険するわけですが、個性はバラバラです。けれども、敵である巨大イタチのノロイを倒すための情熱や、仲間を助けようとする思いはみな共通しています。

 仲間やチームを作るときの大事なポイントの1つは、「レベルを合わせてタイプを散らす」ことだと若いころにある人から教えられ、今も強く共感しています。いろいろな個性の人間がいるけれども、情熱のレベルが同じであるというのが最強のチームだと僕は思います。まさにガンバの冒険はそうしたチームです。ガンバみたいな熱血漢もいれば、マンプクという食いしん坊がいたり、ボーボというぼんやり屋がいたり、オイボレという年寄りがいたりするわけですが、それぞれが各場面で活躍して、助け合うのです。

 楽天の創業時もさまざまなタイプの仲間が集まりました。まず、三木谷さんと僕とではバックボーンもタイプもまったく違いました。集まったそのほかのメンバーも、慎重派もいれば、アグレッシブな人もいましたし、営業が得意だったり、技術が得意だったりとさまざまでした。ただ、何かやってやろうという情熱や、失敗しても大丈夫だという大胆さ、懐の深さではレベル感が同じだったのです。

 冒険というのは仲間がいて、より楽しくなるし、仲間がいるからこそ、チャレンジできるわけです。たくさんのチャレンジや経験、失敗が、チームや個人を成長させます。そうしたことの学びのきっかけになるという点でこの本は好きですね。我が家の子どもたちも何度も読んでいます。

「希望の地図」

 僕にとってももちろんそうですけど、今の子どもたちにとっても東日本大震災はすごく大きな出来事でした。テレビで震災の様子を見ただけの人もいれば、現地を何らかの形で訪れた人もいるでしょうし、実際に被災した人もたくさんいます。そして命を落とされた人も。あの状況を何らかの形で目の当たりにして、皆がさまざまなことを考えました。それぞれの形で2011年3月11日とかかわり合いがあるわけです。

重松清著「希望の地図」(幻冬舎) 重松清著「希望の地図」(幻冬舎)

 震災を題材にしたものが数多く出版されている中で、この本はとても印象に残りました。架空の人物(中学生の光司とライターの田村)が被災地を回りながら、現実に生きている人々や実際の活動について書いているというストーリーです。誰の批判もしていないし、誰も悪者にしていない。題名の通り希望が描かれている物語です。

 本の中では、夢と希望の違いについて、「夢は無意識のうちに持つものだけど、希望は厳しい状況の中で苦しみながら持つもの」だと書かれています。よく子どもたちに夢を持ちなさいと言う人がいますが、その言葉ほど子どもたちを窮屈にさせているものはないと思うのです。「夢を持つべきだ」とか、「その夢は小さい」とか、夢に優劣をつけている感じがあります。僕は夢を持つことが必ずしも良いことだとも必要なことだとも思いません。それよりも、子どもが苦しんだり、悩んだりする中で、「今日は楽しかったなあ、明日も楽しいといいな」といった漠然とした小さな明日への希望を持つことの方が大切ではないでしょうか。

 本書に登場する人たちは魅力的で、仕事をあえて選ばず、自分自身の存在を大切にしています。最近、就職活動などでも「自分にあった仕事」を選ぼうとする人が多いですよね。この仕事をしているから自分はいきいきしていると言ったり、この仕事は自分をいきいきさせないなどと口にしたりします。

 僕はあまり仕事に自己実現などを重ね合わせない方がいいと思っています。仕事は仕事です。目の前にあることをしっかりと、丁寧に、黙々とやる。良い仕事や悪い仕事、向いている仕事や向いていない仕事、夢のある仕事や夢のない仕事、そういったものは幻想で、唯一の事実は、どんな仕事も必ず誰かとかかわりを持ち、誰かの役に立っているとういことなのではないでしょうか。

 仕事を丁寧にできるかどうかは、役割ではなくて、その人自身の生きざまや存在自体が丁寧かどうかで決まります。僕もかつては自己実現のためにとか、社会のために働くのだと思っていた時期があったのですが、あるときから、仕事は生き方であり、存在そのものだと考えるようになりました。仕事というより、はたらきと言った方がいいのかもしれません。

 この本には、そうした丁寧な生きざまを見ることができます。僕にとって今回の震災は忘れられない出来事です。将来、子どもたちがこの本を読むことで、震災のことを改めて考えるきっかけにしてほしいです。

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