コラム
» 2016年03月16日 06時00分 UPDATE

盤上で探す「神の一手」 人間と人工知能が紡ぐ思考  (1/5)

Googleが開発した囲碁AIでも読めなかった「神の一手」。盤上ゲームにおける妙手が生まれるプロセスを、人間と人工知能の思考の違いから読み解く。

[杉本吏,ITmedia]

 その日は突然やってきた。「コンピュータが人間を超えるには最低でもあと10年はかかる」――そういわれていた囲碁の世界で、米Googleが開発した囲碁AI(人工知能)「AlphaGo」(アルファ碁)が人間のトップ棋士相手に完勝した。

 “人類代表”としてAIと戦ったのは韓国出身のプロ棋士、イ・セドル九段だ。ここ10年の囲碁界では世界最強と目され、そのあまりの強さに「魔王」の異名を取る彼を、Googleは対戦相手に指名した。対局は五番勝負で、2016年3月9日から15日までの1週間をかけて行われ、どちらかが先に3勝したとしても5戦すべてを最後まで戦い抜く契約になっていた。

 結果は第3局までを終えて、AlphaGoの3戦全勝。あまりに底の知れない強さに、「このまま人間側の全敗が濃厚なのでは」という声も高まる中で、その手は打たれた。第4局目、やはりAlphaGoが優勢と見られていた局面で、イ・セドル九段が長考の末に放った一手・白78が状況を一変させた。

ts_move01.jpg イ・セドル九段(右下)と、白78手目を指さして解説する日本棋院のマイケル・レドモンド九段(左)

 盤上の中央に置かれた相手の石と石の間に、自分の石を打ち込むワリコミ。「何これ?」「いやあこれは……妙手を通り越して、セドル九段の精神状態が心配になるレベルなんですが……」。まったく検討に上がっていなかった一手に、解説の棋士たちは困惑を隠さない。しかし、検討を深めていくと「これは恐ろしい手。正しく対応しないと形勢が逆転する」という評価に変わっていった。

 結論から言えば、この見方は正しかった。ここまで持ち時間をそれほど消費せずに早いペースで打ち続けていたAlphaGoは、この手以降に長考を繰り返し、“自爆”とも思える悪手を重ねていく。結局、それまで見せていた盤石の打ち回しからはほど遠い拙さを露呈し、そこを冷静に突いたセドル九段が五番勝負で初の、そして結果的には唯一となる勝利を収めた。

「あれは“神の一手”だった」

 流れを変えた一手・白78について、セドル九段と並ぶ世界的トップ棋士として知られる中国のグ・リ九段は「It was a GOD'S PLAY(あれは“神の一手”だった)」とコメントし、日本国内のプロ棋士たちは「歴史に残る一手」「魔手」と呼んだ。

 AlphaGoの開発を指揮するGoogle傘下・英DeepMindのデミス・ハサビスCEOは、対局の最中にも関わらず、自身のTwitterでこうツイートしている。

 「AlphaGoは自分がうまく進めていると思っていたのに、87手目の段階では混乱している。厳しい状況だ」「79手目(=白78の直後にAlphaGoが返した手)で失敗した。しかし、そのことに気付いたのは87手目付近だ」

 これはAlphaGoが一手ごとに表示する「評価値」(どちらのプレイヤーの形勢が良いか)を見ての発言だ。つまり、セドル九段の一手はAlphaGoの読みの中にもなかった、あるいは読んでいたが手の価値を正しく評価できていなかったということになる。ハサビス氏が後日明かしたところによると、AlphaGoはこの手が選ばれる可能性を「1万分の1未満」と考えていたようだ。

 対局後の記者会見で78手目について聞かれたセドル九段は、「その手を打った理由は、そこしか打つところがなかったからだ。その手以外はなかった。そのような称賛を受けると、かえって戸惑う」と控えめに、しかし第3局までの会見では見られなかった柔らかな表情で振り返った。

ts_move02.jpg イ・セドル九段(左)とDeepMindのデミス・ハサビスCEO(右)
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