盤上で探す「神の一手」 人間と人工知能が紡ぐ思考 (3/5 ページ)

» 2016年03月16日 06時00分 公開
[杉本吏ITmedia]

 どうにも理解のしづらいであろう説明になってしまうのだが、「棋理」とは囲碁や将棋でいう「ゲームそのものを貫いている理(ことわり)」のこと。例えば、「先手なら先手の得(一手分、先に指せること)を生かした指し方をした方が良いに決まっている」というのが代表的な棋理の1つで、これはある種、先ほどの「線の評価」という考え方にもつながっている。さらに言えば、この棋理というのはなかなかに高尚な、言い換えれば曖昧な基準であり、人や時代によってとらえ方にかなりの幅がある。

 コンピュータによる意外な手や、既存の発想にとらわれない若手棋士の指し手を見て、「昔はこんな手を指したら師匠に『破門だ! 田舎に帰れ!』と怒鳴られたものです」という言い方をすることがある。これはいわゆる「棋理にそぐわない手」への評価なわけだが、この言い方がそのまま、棋理が時代に合わせて変遷するものであることを示している。同じく「こんな手は将棋(囲碁)にはない」という言い方もよくされる。

 が、考えてみればこれはおかしな話だ。「一見棋理に反しているようだが、実は好手」という手は過去に山ほど例があり、つまりは「ない手など、ない」。

 少し専門的な話になるが、将棋の「一手損(いってぞん)角換わり」という戦法が良い例で、これは本来はもう一手多く指すような進め方ができるのに、わざわざ自分から「一手の損」をして後手が戦うというものである。この戦法は棋理に反しているとして当初多くの棋士が拒否感を示したが、実際には有力な戦法であることが分かり、大流行した2008年度には将棋史の記録の中で初めて「(原理的に不利とされてきた)後手番が先手番の平均勝率を上回る」という珍現象が起こった。

 棋理の正体とはつまり、「多くの人にとって受け入れやすい先入観」のことだ。「ほとんどの場合そうしておけばうまくいく」という感覚の集積だ。上達するにはこの感覚を身に着けることが必須となるが、ここで言う「ほとんど」とか「〜に決まっている」というところがクセ者で、真にトップレベルの戦いになると、こうした棋理の存在が時折邪魔になる。「いかに棋理を捨て去るか」という戦いになることがあるのだ。

「羽生さんって“人間らしい”んですか?」

 このように、妙手の条件である「気付きにくい手」とは、「棋理とはほど遠いように見える手」のことなのだろうと想像できる。そして、将棋界でそういった手をときに平然と指す棋士の代表格が羽生善治である。羽生が繰り出す妙手は「羽生マジック」として知られている。

 しかし、実は妙手の条件はそれだけではない。

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