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» 2016年07月06日 06時00分 UPDATE

「機械が人間に歩み寄る」時代に向けて――レノボ・ジャパン大和研究所の今までとこれから (1/2)

ThinkPadの研究開発拠点として知られるレノボ・ジャパンの大和研究所。ThinkPadの裾野がノートPC以外にも広まる中、大和研究所の“使命”も変わりつつある。「ThinkPadの父」としても知られる同社の内藤在正副社長が、同研究所の歴史とこれからを語る。

[井上翔,ITmedia]

 「大和」という言葉を聞いて、皆さんが真っ先に思い浮かべることは何だろうか。筆者は、ThinkPadの研究開発拠点であるレノボ・ジャパンの「大和研究所」(横浜市西区)を思い浮かべる。1992年に発売した初代ThinkPadこと「ThinkPad 700C」(日本では「PS/55note C52 486SLC」として販売)を皮切りに、世界中で活躍するThinkPadの多くを生み出してきた研究所だ。

 6月30日、レノボ・ジャパンは同研究所の取り組みを紹介する「大和TechTalk」を開催した。この説明会の冒頭で、同社の内藤在正副社長による約20分間のプレゼンテーションが行われた。ThinkPad 700Cの開発を担当した「ThinkPadの父」でもある内藤氏は、短い時間の中でどのような話をしたのだろうか。

「ThinkPad X1 Yoga」の有機ELディスプレイモデル 大和研究所の最新作の1つ、「ThinkPad X1 Yoga」の有機ELディスプレイモデル(関連記事
レノボ・ジャパンの内藤副社長 レノボ・ジャパンの内藤副社長

「大和研究所」でのPC開発の歴史

 現在の大和研究所の直接的なルーツは、1985年に日本IBMが設置した「大和事業所」(神奈川県大和市、2012年7月に閉鎖)にある。PCの研究開発部門では、当初国内向けモデルを担当していたが、1987年に「今までIBMがやっていないPC」(内藤氏)として、グローバル向けのポータブルPCの研究開発を担当することになった。その後、同事業所が開発を担当したThinkPad 700Cが大きな成功を収めたことから、大和事業所は「ThinkPadの研究所」としての地位を確立することになる。

 その後、2005年にIBMのPC事業はLenovoに買収され、大和事業所のThinkPad研究開発部門はレノボ・ジャパンに承継された。承継後、日本IBMの建物を間借りする形で研究開発を続けてきたが、2011年に現在の大和研究所に移転し、現在に至っている。

大和ラボの歴史 レノボ・ジャパン大和研究所(とLenovo)の歴史

大和研究所は「ThinkPad」担当から「LenovoのノートPC」担当に

 現在、LenovoのPC事業は「PCSD(PC & Smart Device)ビジネスグループ」という組織の下にある。名前の通り、PCを含むITソリューションに関わる製品を担当するというこの組織は、別組織の傘下にあったソフトウェア部門も統合。結果として、「ハードウェアとソフトウェアを統合した形でソリューションを提供できるように」(内藤氏)なるという。

 大和研究所は、PCSDビジネスグループの「統合開発センター(Integrated Development Center:IDC)」のもと、ビジネス向けノートPC(ThinkPad)の研究開発を担当している。2016年4月からは、コンシューマー向けノートPC(IdeaPadなど)の研究開発を引き継ぎ、名実ともにLenovoのノートPC全体を担当する研究所となった。ちなみに、NECパーソナルコンピュータ(NECPC)の米沢事業場の研究開発部門も、IDC傘下にある。

 PCSDビジネスグループの中で、内藤氏は「戦略的技術・イノベーションセンター(Strategic Technology & Innovation Center:STIC)」担当のバイスプレジデントと日本の研究開発拠点(大和研究所・米沢事業場)の責任者を兼任している。

LenovoのPCSDビジネスグループの組織図 LenovoのPCSDビジネスグループの組織図。内藤氏はSTIC担当のバイスプレジデントと日本の研究開発拠点の責任者を兼務している
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