なぜ今? 「SMILEBASIC MAGAZINE」の発刊で復活した読者投稿型プログラム雑誌とはBASIC IS A POWER!(2/4 ページ)

» 2016年07月13日 15時12分 公開
[瓜生聖ITmedia]
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出版社・投稿者・読者で作るコミュニティ

 数百円で手に入る月刊誌「マイコンBASICマガジン」は読者から広くパソコンのプログラム(多くはゲーム)を募集し、それをプログラムリストのまま掲載していた。雑誌を購入した読者はそれを自分自身で打ち込み、採用された投稿者にはいくらかの原稿料が入る。

 マイコンBASICマガジンには互換性のない多くの機種、それら一つ一つに対して1本ないし2本のBASICプログラムリストが掲載されていた。同じBASICでも機種によって「方言」があり、やはり機種が違えば同じプログラムは動かないことが多かったからだ。

 ゲームソフトを買うお金のない小中学生たちはそれを自分のパソコンやショップの展示パソコンに1行ずつ入力したものだった。そうして、ゲームを楽しみたい一心でタッチタイピングを身につけ、小学生には難しいLOCATEやRANDOMIZEといった単語を覚えていった。

 だが、たいていの場合は打ち間違いや抜けがあり、ほとんど一発では動かない。単純な打ち間違いによるシンタックスエラー(文法エラー)などであれば修正する場所は簡単に見つかるものの、もっと手強いタイプミスもある。

 文法としては正しくても、XとYを取り違えたために上下/左右に動くはずのキャラクタが下にだけは動かなかったり、壁をすり抜けてしまったり、突然「Out of Range」と表示されてゲームが停止したり。エラーメッセージが英語だから分からない、などと投げてしまうとプログラムをイチから見直さなければならないため、必死にエラーメッセージの意味を理解し、なにがまずくてそういうエラーが出るのかを突き止めていく。

 エラーの原因が分からず、とりあえずエラーが出るところを削除するという荒っぽい対応をする読者もいた。その結果、エラーは出なくなっても別のところで問題になることもある。例えば、スコアを増やすところでエラーが出て止まるため、そこの行を丸々削除したら今度はラウンドクリアができなくなった、というようなものだ。

 こういったエラーを経験しながら、初心者はプログラムの意味を理解し、そして改造を加えていくようになる。まずは変数を変更して残機数を増やし、自機衝突ルーチンをコメントアウトして無敵に。さらには面構成データを書き換えてオリジナルの面を作成したり、発射した弾が画面から消えるまで次の弾が撃てないゲームを改造し、連射ができるようにするなどだ。そのころにはプログラムの文法だけでなく、ゲームの基本的なアルゴリズムや組み方まで一通り身についてしまう。

 しかし、タイピングの速度が上がり、デバッグテクニックが身についてくると、1カ月に1、2本のプログラムリストでは物足りなくなってくる。自分が持っていない機種のゲームが面白そうだったりすると、今度は他機種用プログラムの移植を始める。そうしてそのプログラムを投稿し、いつしか読者から投稿者へ、移植作品からオリジナル作品へとステップアップしていく。一つの雑誌の中でプログラマとしてのキャリアパスが完成しているのだ。

 だが、時代は変わった。PCのOSはBASICからMS-DOS、そしてWindowsへと移り、プログラミングは専門性の高いアクティビティの一つとなった。BASICの実行環境も標準ではなくなり、「わかる! 動かせる! プログラムが組める雑誌」をうたったマイコンBASICマガジンも2003年には休刊となってしまう

ベーマガの休刊はITmediaでもニュース速報で報じた

プチコン登場

 プログラミング言語としてのBASICは廃れたわけではなかった。

 1991年〜1998年にはマイクロソフトからVisual Basicが販売されている。もっとも、それまでのBASICの特徴である行番号を廃止し、スコープの概念など、構造化プログラミングの機能を多く取り入れたもので、旧来のBASICとは大きく異なるものだった。その文法はVBScriptやVisutal Basic .NET、Excelなどで動作するVisual Basic for Applicationにも引き継がれている。しかし、ゲームが買えないからWindowsのVisual Basicでゲームを作る、という人はかなり少数派だろう。

Visual Basicは2016年5月で25周年。現在の最新バージョンはVisual Studio 2015に同梱されるVisual Basic 2015

 いい意味でも悪い意味でもパソコンは道具となり、その一方で携帯ゲーム機も高性能化が進んだ。ゲームで育った世代が親になり、ゲームがしたければ素直にパソコンの数分の1の値段のゲーム機を買えばよい、という環境になったのだ。そうして「ゲームがしたいけれど、ゲーム機は買ってもらえないからパソコンで自分で作る」という子どももほとんどいなくなった。

 ところが、2011年3月にスマイルブームからニンテンドーDSi用のBASIC環境「プチコン」が登場した。プチコンは行番号の代わりにラベルを使用するなどの相違はあるものの、極めてクラシックなBASICに近い文法を実現している。プチコンは息の長いヒット作となり、翌年2012年にはバージョンアップ版の「プチコンmkII」、そしてニンテンドー3DS専用として新コアで生まれ変わった「プチコン3号」と順調に版を重ねた。プチコン3号と上位互換のあるWii U用「プチコンBIG」も発売が予定されている。

 プチコンのバージョンアップと並行して、スマイルブームとアンビットはプチコンを楽しむためのコンテンツやコミュニティ作りを積極的に進めていった。公式ガイドブック、公式ガイドムック、公式活用テクニックといった書籍のほか、ニンテンドードリーム「こんにちはプチコン3号通信」、日経ソフトウェア「プチコン3号でミニゲームを作ろう」といった紙媒体雑誌による定期的な情報発信。そして2015年10月には東京でプチコンファンミーティングを開催している

第1回プチコンファンミーティングの模様。『「BASIC」はおっさんだけのものじゃない!!』というタイトルに「でも写真に写っているのはおっさんばっかり」というツッコミ多数

 さらにプログラムコンテスト「プチコン大喜利」を開催。第3回の優秀作品34本は「プチコンマガジン創刊号」に収録され、新作1本+実行環境とともに2015年7月に300円で発売されている。このプログラムコンテストと優秀作品の販売、というのもまたパソコン黎明(れいめい)期、80年代に見られた風景だ。

プチコンマガジン創刊号。35本のプログラムと実行環境を収録しており、プチコンを持っていなくても遊ぶことができる

 プログラムコンテストで有名なのはエニックス(現スクウェア・エニックス)主催のものだろう。特に1982年開催の第1回のインパクトは大きかった。入賞者には森田将棋の故森田和郎氏、ドラクエの中村光一氏、堀井雄二氏など、有名プログラマが名を連ねている。当時はプログラマ自らゲームをデザインし、絵を描き、音楽をつけることが多く、作品は個人のものだった。

 しかし、パソコンの表現力が向上してくるにつれ、その上のコンテンツの質も高いものが求められるようになり、次第に分業化が進んでいった。ニンテンドー3DSをプラットフォームとするプチコン3号も豊かな表現力を持つが、あらかじめ多くの汎用的なグラフィックや音楽、サウンドが収録することで、一人でもゲームを作ることができるようになっている。

プチコン3号のプリセットグラフィックデータ一覧(ニンテンドードリーム2015年1月号特別付録「プチコン3号 プチ・ガイドブック」より)

 こうして見ていくと、プチコンがヒットした原因には「ニンテンドー3DS上で自作プログラムが動かせる」というだけでなく、そのまわりの環境も含めて「あのころ」を再現していることもあるのではないだろうか、と思える。そう考えると、ニンテンドーDSi/3DSというプラットフォーム自体、レトロPCとの相似性が意外と大きいことに気づかされる。「立ち上げたらBASICだけの画面」「ゲームがしたいけれど買えないから自分で作る」「これ一つあればいくらでも(ただで)ゲームができる」という、まさしく「あの頃」の環境だ。Windows用プチコンではこうはならなかったかもしれない。

 そして、プラットフォーム、コンテスト、作品販売――ここまでそろえば80年代ゲームプログラミング環境最後のピースである「プログラム投稿雑誌」が登場するのは必然だったとも言える。

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