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ソフトバンクのARM買収は正しい選択か?本田雅一のクロスオーバーデジタル(2/3 ページ)

» 2016年07月20日 14時30分 公開
[本田雅一ITmedia]

なぜARMをソフトバンクが買収するのか

 そんなARMをなぜソフトバンクグループが買収するのか。

 なにしろ3兆円を超える買収である。ARMの純資産は約1600億円しかない。すなわち、その企業価値のほとんどは「のれん代」としての評価ということになる。ARMがその価値を失えば、ソフトバンクは巨額ののれん代を償却せねばならなくなる(もちろん、そんなことにはならないと考えているから買収したのだろう)。

 ソフトバンクグループが現業とのシナジーを期待できないとしたら、3.3兆円(株式時価総額が約2.3兆円に対して1兆円を上乗せしている)もの資金は純投資ということになる。本当にその投資した資金を回収できるのか、と疑問に思うのは当然だろう。いくら黒字続きの企業とはいえ、投資回収には気の遠くなるような時間がかかるように思える。

 しかし、過去のソフトバンクグループによる大型買収を振り返ってみると、その多くは本業とのシナジーが直接的には見えにくいものが多かった。本業とのシナジーを感じさせる大型買収は、恐らく米Sprintぐらいではないだろうか。

 孫氏は、経営者よりも投資家に近い人物イメージを個人的に持っている。同じような印象を持っている読者も少なくないだろう。では今回の買収に関して、単なる博打(ばくち)なのかと言えば、そうは思えない。なぜなら、これまで孫氏は投資において抜群の実績を挙げてきたからだ。ベンチャー投資に限れば、約4000億円を投資し、10兆6000億円もの成果を得ている。

 このような成果を上げている背景には、上場後のソフトバンクグループがシリコンバレーの投資家やIT企業経営者などのコミュニティーに溶け込んでいるという指摘が、以前からされてきた。「あれはいいね」あるいは「この技術は将来を変える」といった話は、シリコンバレーのコミュニティーにいれば耳にすることもあるが、孫氏には逐一そうした情報やオファー、プレゼンテーションの類が入っている。

 そうライバル企業の経営者がうらやんでいたことを思い出すが、ITトレンドに関して生の意見が聞こえてくるところに、孫氏の強みがあるのだろう。

 孫氏はARM買収に関して、あらゆるものがネットワーク化される社会で、各デバイスの中にARMの技術が入り込んでいくこと、さらにネットワーク事業やセキュリティ技術などに投資をしてきたソフトバンクの持つ資産が、あらゆる場所で普遍的にネットワークデバイスが存在する未来のコンピューティング環境において、ARMの技術と交わってより大きな価値を生み出すことを説いた。

IoTの時代が到来するということは?

 ここでIoTの時代が到来するということは、一体どういうことなのかを考えてみたい。恐らく、「IoTが普遍的に存在する世界」におけるARMの役割をどのように考えるかによって、今回の買収に対する感じ方が大きく異なる。

 それはARMが設計したプロセッサコアが、まるで空気のように当たり前に存在し、何らかの形でネットワーク、あるいはスマートフォンなどのネットワークへのゲートウェイとの接続口を持つようになるということである。

 孫氏は「97〜98%のスマートフォンで、ARMの設計したプロセッサが使われている」と話したが、IntelのAtom撤退が進めばほぼ100%になるだろう。しかし、これはあくまでも「世間一般に分かりやすい数字」として出されたものだ。

 だが(現時点では巨額と言われるものの)、「将来はARMに出した3兆円超の資金が小さく思えるほどARMの事業は大きくなる」と孫氏は説明した。

 コンピュータはもちろん、一般にコンピュータと認識されていないちょっとした機器なども含め、ありとあらゆるデバイスにARMが入っていく。モバイルと光の両方でネットワーク企業を持つソフトバンクグループが、ネットワークインフラとセキュリティ技術を用いてIoT時代を支えるという考えには、一定の納得感を感じる人も多いだろう。

ソフトバンクグループは「モバイルインターネット」の次に来るパラダイムシフトとして「IoT」を挙げており、ARM買収はそこで重要な役割を担う

 だが、それでも筆者はこの買収劇の先に経済合理性があるとは思えない。世の中はこれからIoTの時代に入っていき、ARMの設計するプロセッサコアは数え切れないほどの場所に入っていくだろう。しかし、それはあくまでもARMのプロセッサにすぎない。

 IoT同士がコミュニケーションし、インターネットの各種サービスにつながるのが当たり前の時代になっていくだろうが、ネットワークコミュニケーションにおいてCPUの互換性にどこまでの影響力があるだろうか。

 むしろ、ネットワークの中における主役は、OS(基本ソフト)やアプリケーションごとのプロトコルの実装にあるのではないだろうか。マイクロプロセッサはOSやアプリケーションが動作する基盤ではあるが、コミュニケーションの基盤ではない。

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