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» 2010年10月01日 11時00分 UPDATE

サイエンスフューチャーの創造者たち:ITは「もっと自由で勝手で、ばかばかしくていい」 ポストペット八谷氏×セカイカメラ井口氏 (1/4)

ソーシャル、AR、サイコミュ――。ポストペットの生みの親としても知られるメディアアーティストの八谷氏と、セカイカメラ生みの親である井口氏の対談は、八谷氏の作品に対する考えから、日本のネットビジネスに対する思いまで、さまざまな話題が飛び出した。

[山田祐介,ITmedia]
photo Web版「メガ日記」のトップページ(1995年)

 SNSもTwitterも普及していなかった1995年。メディアアーティストの八谷和彦氏が「メガ日記」というプロジェクトを始めた。ニフティサーブやインターネットなどを介して、たくさんの人々に日記を投稿してもらい、それを1カ所に100日間集めるというプロジェクトだ。八谷氏は、メガ日記の目的をこう書き記している。


ぼくがいまここにいること。きみがいまそこにいること。

知らない人の日々の生活を深く知ること。

プライベートとパブリックの間を軽く飛び越えること。

自分と他人の境界をあいまいにすること。

それぞれの人生が尊く置換不可能であることをあえて知ること。

理解不能な他人を愛すること。

不用意で軽率な行為、それを楽しむこと。

メガ日記が確認するものは、おそらくそういったものです。

 インターネットにソーシャルの波が押し寄せる今、八谷氏の言葉は予言のようにも感じられる。同氏はメガ日記から現在までの15年間、テクノロジーの可能性に光を当てた数々の作品を発表し、一世を風靡したメールクライアント「PostPet(ポストペット)」を開発。さらには、アニメ「風の谷のナウシカ」に出てくる飛行装置「メーヴェ」にインスパイアされた一人乗り飛行機の開発にも乗り出した。そして現在は、Twitterクライアントにポストペットの世界観を取り入れた「PostPetNow」を開発中。ソーシャルサービスの新しい楽しみ方を提案しようとしている。

 連載企画「サイエンスフューチャーの創造者たち」第3回では、ITの世界を独自の視点で見つめてきた八谷氏と、同氏の作品に大きな影響を受けたという、ARアプリ「セカイカメラ」の生みの親である井口尊仁氏との対談をお届けする。ソーシャル、アニメ、ARといったさまざまなキーワードとともに、ネットのサービスやビジネスに対する思いが語られた。

メガ日記とソーシャル

photo 井口尊仁氏

井口 僕、実は八谷さんのやられていたことに、メガ日記ぐらいのころから非常に影響を受けているんです。「Fairy Finder」(作品紹介)や「視聴覚交換マシン」(作品紹介)なども含めて、八谷さんの作品を振り返ると、ライフログとかソーシャルとかARといったものが当時から用意されていたことに改めて気付かされます。今回はそういう作品を作る八谷さんの視点の持ち方とか、脳の回路を探りたいと思ってます。もう、Fairy Finderとかホントにびっくりしたんですよ。

八谷 ホントですか?

井口 ホントです。「Psycomu(サイコミュ)」(作品紹介)とか「WorldSystem」(作品紹介)とか「見ることは信じること」(作品紹介)とか、僕らがビジネスで実現しようとしていることを、マンガやアニメといった仮想のものでなく実際に触れるものとして作られている。さらに言えば、たぶんあと10年経って振り返った時にも、“実はこういうことだったんじゃないか”という発見があるような気がするんです。


photo 八谷和彦氏

八谷 僕としては、早すぎて失敗してる気もするんですけどね(笑)

井口 えっ! メディアアートは早すぎても問題ないのでは?

八谷 アートは大丈夫なんですけどね。1990年代の後半って、ポストペットを作ってた一方でメガ日記をやっていて。それで今、Twitterをやってみたら、メガ日記をやってたころの気持ちがすごいよみがえりました。でも、あのころはそれがお金になるなんてこれっぽっちも思ってなかった。だから、ある意味失敗してるんです(笑)

 メガ日記についてもう少し話すと、作ったそもそものきっかけは阪神淡路大震災なんです。あの震災では6000人以上の方が亡くなったのですが、僕は当時、あまりの人数にその命の重さが実感できなかった。例えば、5人が亡くなった事件の悲惨さは、自分の家族などを重ね合わせれば思い浮かぶんですが、6000人にもなってしまうと、その凄まじさが分からなくなってしまう。だから、大きい人生の総量を自分の中で知覚するために、例えば100グラム実感できたら、1キロが想像できるように、ある程度の人数の生活というのを実感してみたいと考えました。それで、“100人の100日間の日常生活”というコンセプトでメガ日記を始めたんです。

 メガ日記は他人の日記も強制的に読まされる仕組みにしたので、読んでいるうちになんとなく総量が分かってくるというか、「自分たちの知らない日常が現実にはある」ということが分かってくるようなものだったと思っています。

井口 メガ日記って、ブログやソーシャルネット、Facebookなんかも含めて、アイデアとして全部飲み込んでいますよね。実は僕、メガ日記にインスパイアされて、いわゆるブログとかSNSと呼ばれるようなものを99年ぐらいにスタートさせて、大クラッシュしてるんです。

八谷 そのころは理解されなかったんですね。僕の場合、ソーシャルサービスのようなものが人の生活態度を変えるっていう確信はあって、それでプロジェクトとしてメガ日記とか始めたんですけど……。井口さんがやられてたのは2000年前後ですよね? そのころでもまだビジネスとしては想像しづらかったでしょうね。

photo

井口 mixi以降、時代が変わった気がしますね。今となっては、僕らが企画書を出すにしろ受け取るにしろ、ソーシャルという言葉に出会わない日はない。ソーシャル性のない製品が白い目で見られるような現状は、99年からやっている身としては感慨深いです。

 ただ、この先の考え方は2つあると思うんです。1つは、ソーシャルのさらなる大きな波が待っているという見方。もう1つが、ソーシャルのアンチというか、全然違う方向性が現れるという考え方です。資本主義って、逆張りがうまくいくって話もあるじゃないですか。

八谷 ビジネスがソーシャルに偏りすぎじゃないの? という感じは共感します。例えば井口さんが最初に対談された内田さんのラブプラス……僕はラブプラスはこれまでに最も成功したバーチャルリアリティーだと思っているんですが、あの作品はあんまりソーシャルではないですよね。2人(プレーヤーとゲーム内の彼女)の間で閉じてるんだけど、作品として完成されている。

 本を読んだり、映画を見たりするのも基本的にはソーシャルな部分とそうでない部分があって、ペアになっていると思うんですが、今のIT系の動きはあまりにもソーシャルな側面に突出しすぎている。“mixi疲れ”なんて言葉もあるけど、やはり反動はあると思います。でも、そんなこと言うと「じゃあなんでPostPetNowを作っているんだ!」ということになるんですけど(笑)。僕としては、両方必要だって思ってます。作品としても、ソーシャルなものとそうじゃないものの両方をやっていきたい。

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