連載
» 2010年01月18日 11時30分 公開

「予想外」をチャンスに変える――マネジャーとしてのキャリア開発新人マネジャー田所晋一の場合

30歳でマネジャーになり、2年の月日が流れた。この2年間で得たものは何なのか、そして今後描いているキャリアプランとは――後輩との面談の中で、田所はゆっくりと自分自身を振り返る。

[鳥谷陽一,Business Media 誠]

前回までのあらすじ

 田所晋一(32歳)は、10年前に新卒で今の会社に入り、若手には難しいとされる営業で優秀な成績をあげ、更に高い専門性を求められる「営業推進課」にマネジャーとなって異動した。年上の部下との付き合い方やっかいな人事評価リーダーとしてのビジョンの示し方など、初めての経験に悪戦苦闘しながらも、着実に一歩一歩前に進んでゆく日々。気が付けばマネジャーになってから2年の月日が流れていた。

第1回:突然の異動、そして……

第2回:やっかいな部下との評価面談、成功のカギは「納得を引き出す」

第3回:「サムライジャパン」に込められた意味とは――リーダーならビジョンを示せ

第4回:「予想外」をチャンスに変える――マネジャーとしてのキャリア開発


会議室にて

 「では教えてください」

 山下の顔は少し赤みを帯びていて、怒りを必死に抑えているようにも見えた。

 「田所さんは、営業推進課にきてどんな成長をされたのですか? そして今後はどのようにご自身のキャリアを形成されていくおつもりですか?」

 新年度からこの営業推進に異動してくることになった山下隆から話があるということで時間をつくったが、その目的は「ここには異動したくない、命令ならばこの会社を辞める」ということを告げるためのものだった。

 田所より4年下の新卒入社の営業マンで、同じように実績を出し、それを買われて営業推進課への異動が内定した。「田所二世がいるぞ」と冗談めかして言われるのも気分は悪くなく、それなりに注目をしていた後輩だったので、人事部から受け入れの打診を受けたときは正直うれしかった。しかし、こうまで露骨に営業推進に来ることに拒否反応を示されるとは、田所にとっては想定外であった。

 「営業にとどまりたいのかい?」

 自分もかつては同じ気持ちをもっていたので、その気持ちは理解できているつもりだった。

 「できればまだ動きたくありません。6年やってきて、ようやく自分のペースでできるようになってきた矢先の異動は、正直つらいものがあります。私は営業という仕事が自分に一番向いているとも感じていました」

 山下は一気にまくしたてた後、それだけが理由ではないとも付け加えた。そもそも営業に残るにしても、営業推進に異動するにしても、その先をどうするのか、急に不安になってきたのだと言う。きっと真面目な青年なのだろう、真剣に将来のことを考えているからこその迷いや不安なのだと田所には理解できた。

 田所自身、将来への考えが整理できているわけではないが、「キャリアをどう切り開くのか」という質問に答えるべく、ゆっくりとそして正直に自分の今の思いを話すことにした。

 「私自身は、この部署に来たことで、これまで自分には向かないと思っていたマネジメントの仕事に少し興味を持つことができたと思っている。それに、第一線で仕事をする営業の人たちと一緒に、わが社のサービスと顧客のニーズをどう結びつけるかということを戦略的に考える仕事のおもしろさも覚えたかな。今後はもっと影響力を発揮して会社の業績に大きく貢献できるポジションに就きたいと思えるようになったし、その意味では、部長、取締役と責任ある仕事も視野に入れたいね」

 自分のことを包み隠さず話したからであろうか、山下の顔は冷静なそれに戻っていた。

 「営業という専門職で極めるのではなく、組織のなかで上位職に上がっていくこことを目指されるようになったのですね」

 山下の問いに、田所は「うん」とうなずいた後、

 「一方で、営業やマーケティングという専門性は捨てたくないんだよ。それを武器にしながらも上位職に上がることが、一番の組織への貢献になるのかな、欲張りなようだけどもね」

 と言って照れくさそうに笑った。つられて山下も笑った。

 その後のやりとりのなかで田所は、「山下は営業推進への異動の命を受けてくれる」という確信を持った。

 「田所先輩、最後にひとつだけ質問しても良いですか」

 「ああ、何でも遠慮なく聞いてくれ」

 田所は足を組み直して聴く姿勢をとった。

 「将来のありたい姿を考えることは重要だと僕も思います。でも今回みたいに、営業でとことん自分のスキルを磨いていこうと考えた矢先に異動になる、しょせん、未来なんて自分の力ではどうすることもできない要素が多いですよね。そう考えると、何のために未来を描くのか、思い通りにいかないなら、描いても仕方がないのではと思ってしまいます」

 単なる愚痴として「そうだね」と受け流してもよかったが、言われてみると納得できる部分も多いし、重要なテーマだとも思えた。

 「組織のなかで仕事をする人間には、自分ではどうすることもできない環境の変化はつきものだね。だからこそ、計画したことに固執するのではなく、変化を前向きに受け入れるという柔軟な視線が重要なのかな」

 田所は以前、本で読んだキャリア開発の考え方を思い出しながら言葉を続けた。

 「計画したとおりに進まないと嫌になるけれど、それでも計画があるからこそ、変化に即座についていけるというのもあるんだと思う。少なくとも準備のない人間は変化をチャンスとして活用することはできない、幸福の女神に後ろ髪はないってよく言うじゃないか」

 「今回の私の営業推進への異動もひとつのチャンスになるのでしょうか」

 「当初の計画を貫いて異動を拒否するのもひとつの方法だけれど、これも何かの縁だと思って前向きにとらえるというのも立派なキャリア開発なのだと思うよ」

 山下は田所の説明を聞き終わると、もう一度これまでの仕事でやってきたことを振り返ってみたいと言って、丁寧にお礼をして会議室を後にした。

 田所は腕時計に目を落とした。2時間近く山下と議論していたことに驚きを覚えつつ、これまでは先輩の杉浦に相談してばかりの自分だったが、少しは自分も後輩の良き相談相手になれたのかな、と感じた。同時に、自分自身もキャリアを再考する良い機会になったことに感謝した。

 「この2年間で得たものは何なのか」――山下と同じ質問をもう一度自分に投げかけた。

(終)

今回出てきた考え方

  • プランド・ハプンスタンス(Planned Happenstance:計画された偶然)

 スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱したキャリア論。キャリアは偶然の出来事、予期せぬ出来事に対し、最善を尽くし対応することを積み重ねることで形成されるというもの。予期せぬ偶然の出来事をプランド・ハプンスタンスに変えるには、以下の5つの力を磨いておくことが大切であると言われている。

  1. 好奇心(Curiosity):新しい学習機会を模索すること
  2. 持続性(Persistence):失敗に屈せず努力をすること
  3. 楽観性(Optimism):新しい機会が「必ず実現する」「可能となる」ととらえること
  4. 柔軟性(Flexibility):信念、概念、態度、行動を変えること
  5. リスク・テイキング(Risk-taking):結果が不確実でも行動を起こすこと

著者紹介 鳥谷陽一(とりや・よういち)

 プライスウォーターハウスクーパース ディレクター。金沢工業大学大学院 客員教授(組織人事マネジメント)。東京都立大学(現・首都大学東京)経済学部卒業後から一貫して、組織・人事戦略に関わるコンサルティングに従事。2000年までは産業能率大学において人材開発コンサルティング、マネジメント研修プログラムの開発、講師を担当。2001年からプライスウォーターハウスクーパースにて人事制度全般のプロジェクトマネジメントの豊富な経験を積む。著書は『ミッション』(プレジデント社)、『新任マネジャーの行動学』(共著・日本経団連出版)など多数。


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