不当な利益?感動のイルカ(1/2 ページ)

創業メンバーに裏切られた猪狩浩の起業だったが、何とか引っ越し会社の認可ももらった。景気にも助けられ売り上げは2億5000万円に。そんな折、「不正な利益処理をしている疑いがある」との嫌疑がかかった。

» 2010年01月21日 11時28分 公開
[森川滋之,Business Media 誠]

前回までのあらすじ

 ビジネス小説「奇跡の無名人」シリーズ第3弾「感動のイルカ」は、アクティブトランスポートの代表取締役CEOである猪股浩行さんの実話に基づく物語である。

 取り込み詐欺に遭い会社をリストラされた主人公の猪狩浩(いかり・ひろし)。引っ越し屋のバイトから正社員に、そして起業することになった。創業メンバーの裏切りに遭遇し、家賃も滞納するありさまだが――。


 引っ越し事業をはじめて早々に、創業メンバーに裏切られて窮地に陥った。ほかに思い浮かぶ策もなく、とにかく法人化して、認可も取った。

 できるだけ電話帳の前の方にくる名前という意味で、アクティブ運送という社名にした。行動的な会社という意味合いも込めている。

 一緒についてきてくれた仲間、そして支えてくれる家族、それだけが財産だった。だから大切にしようと思った。みんなが幸せになれる会社、この会社で働いてよかったと思える会社、社員だけでなくその家族もそう思える会社、そういう会社を目指した。

 経営計画も何もない。そもそも浩には経営のことなど何も分からなかった。労働基準法という法律があることさえ知らなかったのだ。ただ、毎年1億円ずつ売上げを増やす――。そう決めただけだった。

 大家と債権者に支払いを待ってくれと頼みに行ってから、まだ3年しか経っていない。毎年1億円ずつには足りないが、売上げは2億5000万円前後になっていた。

 浩自身と山口始とバイト3名、それから経理担当の妻・清美の計6名で始めた会社だったが、今では派遣・バイトなどを合わせて20数名の規模になった。

 とにかくつぶすまいという強い意志で営業し、いい会社にしたいと努力し続け、お客の満足だけを追求していった結果――と言えばその通りなのだが、それだけではなかった。追い風もあった。

 ここ数年、価はじりじりと上がり続けながらも、金利は下がる一方だった。景気はまあまあいいのに、ローンの金利が下がればどういうことになるか? ちなみに土地の価格も下がっている。

 それだけでも好条件だったのに、さらに政府住宅ローンを払っている人に税金を優遇する制度を作った。まだまだ土地も金利も下がるだろうと買い控えていた人々も、いっせいにある高額商品を買い求め始めた。

 そう、住宅、特にマンションを買う人が、1998年ごろから爆発的に増えたのである。

 当然、引っ越し屋の需要も増えた。

 ITバブルの陰にかくれて、あまり言われていないことだが、1999年前後の運送業は景気が良かったのである。

 どん底だった浩だが、うまく景気の波に乗ることができて、順調に業績を伸ばし、当初の借金はすべて返済することができたのだった。

 単なる偶然という見方ももちろんある。運が良かっただけのことだという見方だ。しかし、頑張っている者、あきらめない者には天が味方をするという言い方もできる。運を引き寄せたという見方だ。

 どちらが本当かは分からない。

 どちらにしろ、アクティブ運送の1999年度の決算は大きな黒字であり、ずっと緊張ずくめだった浩が一息ついて、少し気が緩んだからといって誰にも責めることはできないだろう。たとえ、そのせいで、ちょっとしたトラブルに巻き込まれたとしても。

 「こんなことになるなら、中野先生にきちっと相談すればよかった。きっと怒られるだろうなあ……」

 中野毅は、1年前からアクティブ運送の顧問を務めている税理士だ。浩は、今でも中野との出会いを思い出す。そろそろ税理士を決めないと今年度の決算に間に合わない3月末。ようやく事業が黒字化しつつあったので、税理士を雇うことにした。

 最初は、自分から近所の大きな税理士事務所に出かけていった。浩は経営のことが良く分からなかったので、経営コンサルタントのような税理士がいいと思ったのだった。その事務所は、経営コンサルティングもするという触れ込みだった。

 話を聞いているうちにちょっと違うと思った。経営は財務や会計だけでは語れない部分がたくさんあるはず。しかし、お金が経営のすべてのような言い方をしているようにどうしても聞こえてしまった。うまく言い返せない歯がゆさもあって、半分怒りながら、浩はその事務所を出て行った。

 その反動から、今度は伝票処理と決算書作成だけをやってくれそうなところを電話帳で探して電話した。話をして思ったのは、なんだか歯ごたえがないなあということだった。事務しかしないので価格は安いのだが、いざというときに頼りになるのか、さっぱり分からない。正直に言うと、「いざというとき」がどういうときなのかも浩には分かっていなかったのだが……。

 「税理士ってどうやって選べばいいんでしょうか?」。途方にくれた浩は、取引先の中でも特に尊敬している社長に聞いてみた。「結局、人柄が合うか合わないかだろうなあ」。そう教えてくれた社長が紹介してくれたのが、中野だった。

 中野は、アクティブ運送にやってきて、開口一番こう言った。

 「私は、いっさい帳簿のごまかしを許さないけれど、それで構わないのであれば、お話をうかがいましょう」。浩は、すこししびれてしまった。こんなことをいきなり言う税理士がやっていけるのかどうかは知らないが、信用できそうな人間であることは確かだ。外ではが散り始めていたが、桜吹雪が似合いそうな男であった。

 「ごまかしと言われても、どんなことか良く分からないもので……」

 「例えば、銀行員でもこんなことを言う人がいます。もうちょっとうまく数字を作ってくれたら融資できるのにって。そう言われたら、税理士に、もうちょっとうまく数字を作ってくれと相談する経営者がほとんどです。猪狩社長はどうなんですか?」

 「その場にならないと正直良く分からないけど、でも、少なくともそういうことを続けていると、長い目で見るとよくないように思います」

 「えらい! そうなんです。ちょっとしたテクニックで、利益を増やすことも減らすことも簡単なんです。だから多くの経営者が税理士に求めるのは、銀行から融資を続けられつつ、税金は少なくなるような落としどころで決算書を作ってくれということなんです。しかし、どちらの方向にごまかしても、実態を反映していないと、次年度は実態とのギャップを調整するためにいらない苦労をすることになる。いらない苦労は、ダッチロールするんですよ」

 「ダッチロールって?」「飛行機がバランスを失って8の字飛行することです。バランスを取り戻そうとして失敗するとますますゆれが大きくなります。下手をすると墜落――リストラか破たんかというところに追い込まれます」

 「じゃあ、先生の言う『ごまかし』とは?」「経営の実態と合っていない決算書を出すことです。もちろん経営の実態と言っても見えないものなので、人によって解釈は違うでしょう。しかし、見えない実態をきちっと見えるようにするのが、私は税理士の仕事だと思っています。そうすれば、ごまかしがない分、ムリもしなくて済む」

 浩はそれまで、会計をそのように考えたことはなかった。それどころか、誰が作ろうが決算書は同じようにできると思っていたぐらいだ。「なるほど。経営の実態を可視化するのが会計というものなのか」。目からウロコが落ちるようだ。そして、その実態というは誰にでも表現できるものではないらしい。となると税理士というのは、一種創造的な仕事なのかもしれない。偉大な彫刻家が石の中から女神の像を彫りだすみたいに……。

 浩は、この中野毅という税理士をすっかり気に入ってしまった。単に2人ともバカがつくほど真面目なだけなのだが、だからこそ気が合った。人柄が合うかどうかだと教えてくれた社長の言うとおりだったのだ。

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