先述したように、スイーツバンクは本来、2017年に完成していたはずだった。
この場所にはもともと、春華堂の本社社屋と工場があったが、老朽化で建て替えを検討していた。工場については移転し、浜北工場を新たに建設したが、本社は引き続きこの地に残そうとなった。
本社を建て替えするにあたり、山崎社長のオーダーは、「世の中にないものを作ろう」。東京タワーや東京ドームなどを建築した日建設計、愛知万博の日本館をはじめ、さまざまな大型施設の内装を手掛ける丹青社といった豪華な顔ぶれのチームが結成され、13年からプロジェクトがスタートした。山崎社長も月1回の役員会議には積極的に参加し、意見を出した。
実は、工期が遅れたのはコロナが原因ではない。17年に入り、ダイニングテーブルと椅子を模した建物によって、“ガリバーの世界”を体現するアイデアまで固まり、いよいよ着工という段階になった。
ところが、最終模型を見た山崎社長が突っ込みを入れた。テーブルの脚と脚の間に梁があったため、これでは椅子が入らないと指摘。時間をかけて模型まで仕上げたタイミングでの出来事に、関係者一同は青ざめた。
すぐさま設計デザインを再考し、模型を作り直してプレゼンテーションをした。すると再び、山崎社長が声を上げた。建物の屋上に置いてある空調の室外機が丸見えで、世界観が崩れるというのだ。こちらに関しては、プレゼントボックスで囲うことで対応したが、当然のようにその分の重量が増えるため、建物の全体設計を一からやり直す必要があった。
時間だけでなく、当然コストも膨れ上がるのは自明だった。ただし、痛みを伴ってでも、山崎社長は徹底的な「本物志向」を貫いた。
「今回の建物は、自分たちが施工するわけではありませんが、依頼者として、ずっと使っていくもの。最後の最後まで納得いくものを作りたいと譲りませんでした。皆さんが机と椅子に見えなかったら、非常にチープなものになってしまう。いったん、お金のことは後で考えるとして、いけるところまではいこうと判断しました」
リアリティーがなければ、すぐに見向きもされなくなってしまう。そんなものを作っても意味がない。プロがやるべき仕事ではない。山崎社長にはそうした信念があった。
山崎社長がこのような仕事観を培ったのは、大学在学中、そして卒業後に修業を積んでいた人形屋だという。人形作りの職人は一切妥協をしなかった。造形が本物に見えなければ、何度でも最初から作り直していた。山崎社長はその作業が終わるまで待たされた。
あるとき、なぜ作り直すのかと、職人に理由を尋ねた。すると、「ちょっとの違いが許せない。その許せないものが世の中に残るのが、また許せない。自分が生きていく価値がなくなる」とまで言い切ったという。山崎社長は納得し、それから職人の仕事をじっと見守り続けるようになった。
こうした職人のイズムを学んだことが大きいと山崎社長は振り返る。もちろん、春華堂自身も代々、本物志向を大切にしてきた。例えば、菓子職人が手作業で作るうなぎパイへのこだわりと妥協を許さぬ姿勢は、まさしくそれに通ずる。
こうした末に完成したスイーツバンクは、すぐに話題のスポットになった。開業3カ月ほどで延べ12万人が訪れたのである。
来客に共通するのは、ほぼ全員が写真撮影をすることだ。実際、筆者も朝から夕方まで施設に滞在していたが、さまざまな角度から建物やオブジェなどを撮影する人たちが後を絶たなかった。
「納得のいくものはできました。お客さんもこれだけ来て、写真も撮ってもらえる。世間一般の評価を見ても、面白いものになったのかなとは思います。その面白さがずっと続くように、飽きられないように、うまく伝えていくのは自分たちの仕事です。作って終わりではない」
作って終わりではない。山崎社長のその言葉通り、スイーツバンクが目指すものがある。それは地域再生だ。この施設がユニークなのは、春華堂の本社と、浜松いわた信金の支店が同居していること。ここにも意味がある。
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