その効果は明らかだ。実際に映画「シン・ゴジラ」など複数の映画タイトルで、HDR復元処理を施したBD映像と正解のUltra HD Blu-rayの映像を比較したが、言われなければBDの映像とは気づかないレベルに仕上がっていた。
例えば建物の壁の質感、屋外にあるテントに見えるシワの陰影など、SDRでは明るく飛んで見えない部分が再現されている。もちろん、一方の画面だけを見てテントのシワなどに気づく人はほとんどいないだろうが、こうした細かい部分の違いが積み重なり、映画全体の印象を大きく変えているのは確かだ。
AI研究から生まれた機械学習の技術は、エンジニアのマンパワー不足を補い、テレビの画質を向上させる“縁の下の力持ち”だった。しかし、実際にエンジニアの仕事が楽になるかといえば、必ずしもそうではないようだ。
例えば、現在のUltra HD Blu-rayタイトルが映画中心で、テレビドラマやアニメなど他ジャンルのコンテンツが少ない。将来的には増えてくるだろうが、現状そうしたコンテンツの変換テーブル製作は“人力”に頼っている。
またUltra HD Blu-rayタイトルもすべてが使えるわけではない。東芝レグザの映像エンジンを長らく担当してきた住吉肇氏は、「HDRは出てきたばかりの技術で、映画制作会社にも手探りの部分があります。中には過剰なHDRネスを持つタイトルもあり、それをサンプルに含めてしまうとわれわれが目指す効果は得られません」と指摘する。タイトルを取捨選択するのは、「やはり人の目」だという。
テレビというハードウェアが持つ能力の違いも検討課題の1つだ。東芝では春の新製品のうち、液晶テレビのフラグシップモデル「Z810Xシリーズ」と有機ELテレビ「X910シリーズ」にAI機械学習HDR復元を搭載している。どちらもベースとなる変換テーブルは共通だが、絵柄に応じてダイナミックに(動的に)変化する部分では違いを持たせている。
「例えば(画素単位で明るさを制御できる)有機ELの場合、APL(Average Picture Level:平均輝度)が低いシーンでも白ピークはグンと伸びますが、APLが高いときは全体的にコントラストや白ピークを落としてきます」(住吉氏)。一方、液晶テレビ(ローカルディミング)の場合、APLが低いのに白ピークだけを伸ばすと周囲の黒浮きにつながりかねない。パネルの特性や製品の仕様によって、さじ加減を変える必要がある。
「今後はディスプレイの能力に応じた最適値も考えなければならないでしょう。また現在はわれわれが理想とするHDRに近づけるために(テーブル作成に使う)コンテンツを選んでいるわけですが、人によってはもっと派手なHDRネスを好む場合もあると思います。次のステップとして、HDRネスを高めるメニューなども検討できればと考えています」(住吉氏)
機械学習の導入により開発のスピードと効率が上がったことは確かだ。しかし人力に頼る部分はいまだ多く、なにより、既に“次のステップ”も控えている。住吉氏は、「追加の作業も多いので、仕事自体はむしろ増えていますね」と笑った。
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