その時代に最適なポインティングデバイスを――「W53S」の「+JOG」誕生の秘密“ジョグ復活の真相”を開発陣に聞く(1/2 ページ)

» 2007年11月09日 21時04分 公開
[田中聡(至楽社),ITmedia]
photo ソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズの「W53S」開発陣。左から、デバイス開発(+JOG)担当の井澤氏、本体・Style-Upパネル担当デザイナーの兼田氏、ソフト開発(UI)担当の斉藤氏、ソフト開発(+JOG)担当の向井氏、企画担当の冨岡氏

 auの2007年夏モデルとして発表され、10月に店頭に並んだ「W53S」は、auケータイとして約2年半ぶり、WIN端末では約3年ぶりに「ジョグダイヤル」を搭載したことで大きな注目を集めた。

 ジョグダイヤルは「+JOG」(プラスジョグ)としてリニューアルされ、従来のジョグとして操作できるのはもちろん、ジョグ周辺に十字キーが割り当てられたことから、利用シーンに応じてジョグと十字キーを使い分けられるようになった。

 ソニー・エリクソン・モバイルコミュニケーションズ製端末の遺伝子を受け継いだのはジョグだけではなく、背面のパネルを着せ替えられる「Style-Upパネル」にも対応。2.7インチのフルワイド(解像度240×432ピクセル)液晶、au Music Player、オートフォーカス対応の201万画素カメラを搭載し、おサイフケータイやEZケータイアレンジに対応するなど、ソニエリ端末ならではの機能と昨今のケータイに求められる基本的なスペックをしっかり押さえた端末に仕上がった。

 auの現行機種ではスタンダードモデルに位置づけられるW53Sは、どのようなコンセプトのもとで開発が進められてきたのだろうか。開発陣に話を聞いた。

ジョグ復活、3年以上かかった理由とは

photo 企画担当の冨岡氏

 企画担当の冨岡氏によると、W53Sには2つの大きなコンセプトがあるという。1つは「使い勝手のよさ」。これを実現するために生まれたのが、新しいポインティングデバイスの「+JOG」だ。もう1つが「カスタマイズ」。100種類のStyle-UpパネルやEZケータイアレンジなどにより、外側も内側も自分好みにカスタマイズできるよう、さまざまな工夫を凝らした。

 2つのコンセプトが対等に存在するとはいえ、最も気になるのはやはり「+JOG」だろう。ジョグダイヤル搭載機種は、2005年6月に発売した「A1404SII」以来、W53Sが登場するまで発売されておらず、WIN端末に至っては、「W21S」が発売された2004年7月までさかのぼる。そしてこのW21Sのリリース以降、WIN端末では実に3年もの間、ジョグの搭載が見送られることになる。

 “ジョグ非搭載”を決断する契機となったのが「ゲーム」だ。W21Sの発売当時、EZアプリ(BREW)が大容量化し、「ドラゴンクエスト」や「ファイナルファンタジー」などの本格的なゲームがauケータイに移植され始めた。筆者も経験があるが、RPGで自分のパーティがフィールドを移動する際には、常にジョグを回し続けなければならず、十字キーに比べて指の負担が増す。冨岡氏も、「その時期で最適なポインティングデバイスは十字キーだろうと判断し、W31Sからは十字キーを搭載した」と振り返る。

 とはいえ、ジョグが復活するまで、なぜこれだけの年月がかかったのだろうか。冨岡氏は、「開発が大変だったということではなく、その時期では十字キーが最適と判断したので、いわば商品戦略的な措置です」と話す。「“ジョグが悪いからやらない”というのではなく、“最適なポインティングデバイスは何か”という検討は水面下で進めていました。今回、十字キーとジョグの融合を実現できれば、お客様のニーズを満たしつつ、さらに上を行く使い勝手を実現できると考え、搭載するに至りました」(冨岡氏)

photo デバイス開発(+JOG)担当の井澤氏

 もちろん、+JOGは一朝一夕に完成したわけではない。デバイス開発(+JOG)担当の井澤氏は、「ジョグと十字キーの“親和性”と“差別化”の両立が+JOGのキーワードだった」と話す。「ジョグ+十字キー」は、開発チームが従来から温めていたコンセプトであり、「(十字キーを搭載した)ほかのソニー・エリクソンの端末を触りながら、『じゃあ真ん中を回してみるか』と思いついたのが(+JOG開発の)発端だった」(井澤氏)という。

 しかしいざ開発がスタートすると、「ジョグを十字キーの間に収めるのが大変だった」と井澤氏。W31S以降、ジョグから十字キーにシフトしたのは、操作性のほかにも、「ジョグを搭載すると端末が厚くなる」ことが大きな理由だったという。「あれだけ直径が大きいものを入れると相当な体積を占めてしまいます。今回、ジョグ部分をサイズダウンしつつ、従来のジョグを上回る使い勝手を実現できるかが課題でした」(井澤氏)

 +JOGは従来のジョグと構造が大きく異なるのも特徴だ。「+JOGでは金属接点を使わずに、鉄アレイのような形の回転磁石を使った構造で、N極とS極の動きで回転を識別します。従来の板バネだと、使うほどに耐久性が下がりますが、回転磁石だとオン/オフ動作の耐久性は無限大です」(井澤氏)。もちろん、ボタンのプッシュなど通常のテストも行い、品質と耐久性については十分な検査がなされている。

Photo W53Sの+JOG(左)とW21Sのジョグダイヤル(右)。ジョグの幅が、過去のジョグよりも小さくなっているのが分かる。「+JOG全体の幅はトータルのバランスを重視し、標準の十字キーと同じサイズにしています」(井澤氏)

「+JOG」になってジョグのユーザービリティも向上

photo ソフト開発(+JOG)担当の向井氏

 +JOGは、ジョグ+十字キーという機構が従来のジョグとの最大の違いだが、ジョグの使い勝手が高められている点も見逃せない。W53Sでは「ジョグ設定」という項目が設けられており、ジョグの操作性を自分好みにカスタマイズできる。

 その1つが、ジョグダイヤルを使ったカーソル移動とスクロールの速度を変更できる「回転操作」設定だ。「アクセル1」「アクセル2」「アクセル3」の3パターンを用意し、ジョグを回すと少ない力でスクロールできるよう加速するのが特徴だ(アクセル3が最速)。「何百人という一般の人を調査して、いろいろな操作パターンがあることを発見しました。こうした調査を経て、大まかな3パターンを用意しました」と、ソフト開発(+JOG)担当の向井氏は話す。

 この3つのアクセル設定には、「+JOGでスクロールしたいのか、項目を確実に選択したいのかをソフト側で見分けるような工夫を入れている」(向井氏)という。ジョグのスクロール速度が遅いと何度も指を動かすことになり、指の負担が増してしまう。最小限の操作でスクロールできるアクセル設定を採用したのは、ジョグを回すときの「指を戻すしんどさ」を軽減してあげたいと考えたことがきっかけだったという。

Photo アクセル設定は3パターンを用意。「標準」にすると、アクセルは行わず、ジョグを回した分だけスクロールする

Photo アクセル設定では、MAX速度やスピード制御などを確認できる、お試しモードが用意されている。なかには、モグラのいる場所にカーソルを止めて「モグラ叩き」を楽しめるモードもある。こうしたジョグを生かしたゲームの登場にも期待できそうだ

photo ソフト開発(UI)担当の斉藤氏

 最近はつめの長い女性でも操作しやすいキーを採用する機種が多いが、向井氏は「そういう方にこそアクセルを使ってほしい」と話す。さらにジョグの周辺には、すり鉢状に傾斜がつけられており、つめの長い人でもキーを回しやすいよう物理的な配慮がなされている。ジョグの操作感については、「社内の調査では製品版よりも(操作感が)少し硬いものも使ってもらったが、実際は真ん中よりも少し硬いくらいの操作感を実現している」(井澤氏)という。

 なお、ジョグのスクロール速度について、「PCサイトビューアーはやや特例にした」と向井氏。PCサイトビューアーは大きなコンテンツを表示することが多いので、ジョグを回し続けると、リンクを選ばずに高速でスクロールできるようになる。ただしこの高速スクロールはEZwebサイトでは適用されない。ちなみに、W53SのPCサイトビューアーは横画面表示にも対応しており、その場合、ジョグを回すと左右にスクロールする。

 一方で、ジョグの操作を完全にオフにすることもできる。この点について、「(誤操作をしないよう)ゲームを集中してやりたいときに、一時的にオフにして使い分けができるようにしました」とソフト開発(UI)担当の斉藤氏は話す。「自分の中でジョグを使うパターンと十字キーを使うパターンを習得してもらえれば、新しい使い方を見つけてもらえるのではと思います」(斉藤氏)

 ただし、“アプリを使うときはジョグをオフに、メールやEZwebを使うときはジョグをオンに”という具合に、機能ごとにジョグをオン/オフには設定できない。基本的にジョグはどの機能においても使用できる状態となる。

 もう1つ、ジョグ設定の新機能として、待受状態でジョグを回すと、あらかじめ設定した機能を呼び出せるショートカットを利用できるようになった。「過去のジョグ搭載機ではアドレス帳の呼び出しが固定でアサインされていますが、ほかの機能を呼び出したい人もいると考え、採用しました。主に使う機能と、スクロール操作などジョグのメリットを生かせる機能を登録できます」(斉藤氏)

Photo ジョグのショートカットは、上回転と下回転で個別に設定できる。アドレス帳のほか、データフォルダ、スケジュール、Eメール受信ボックスなどを設定できる

 ジョグの操作は上下キーを動かす操作と同一なので、カメラのズームや音楽の音量調節にも使える。ただし、1点だけイレギュラーなケースがある。それは、文字入力の候補選択時だ。文字入力画面で候補が表示されると、従来は左から右へカーソルが移動するタイプのみだったが、W53Sは左右移動に加え、上下にカーソルが移動するタイプに変更できるようになった。「文字入力操作はユーザーにとって、『こう動くべき』というルールがありますし、新しいユーザーさんにも違和感なく使っていただきたいので、候補選択は2つの設定を用意しました」(斉藤氏)

Photo 候補内のキー操作方法を設定できる

 今後のモデルにもジョグが搭載されるのかが気になるところだが、「その時代のアプリケーション、サービス、使い方に最適なポインティングデバイスはどんな形かという追求はこれからも続けていきます。同じ使い勝手が求められるのであればこの形になるかもしれないし、違うニーズが出たら、違うデバイスを提案していくかもしれない」(冨岡氏)と、ジョグが継続されるかは検討中、という姿勢だ。

 ユーザーからは「ジョグをもっとカスタマイズしたい、もう少しジョグの幅を大きくしてほしい、回転ごとに鳴るカチカチ音を復活させてほしい」などの声も挙がっているようだ。今度は、さらにファンをうならせるジョグの登場に期待したい。

 余談だが、「+JOG」の「+」は当然「プラス」の意味を持つが、もう1つ、「十字キーの“十”の意味も持つ」とこのことだ。

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