第1回:PC周辺機器は棚割で売るPC周辺機器売場の歩き方

» 2006年07月06日 17時30分 公開
[後藤重治,ITmedia]

マウスのパッケージはなぜ15センチなのか

 Windows 95以前は店舗の飾りにすぎなかったPC周辺機器売場。今では信じられないことだが、ほんの15年前はマウスは1万円を超える高級製品であり、ショウケースに入って売られているのが当たり前であった。しかし現在では、利益率が低いPC本体に変わり、販売店にとって貴重な収益源になっている。

 その中でも、俗にサプライと呼ばれるアクセサリ群は、単価こそ低いものの、利益の取れる製品に分類される。そしてそれらの製品のパッケージングや陳列棚は、客に製品を手に取らせ、そして買わせるためのノウハウの宝庫である。具体的にどのようなノウハウが隠されているのか。ここでは分かりやすい例として「マウス」について見てみよう。

 現在PC量販店に並んでいるマウスは、パッケージの幅が「15センチ」であることが多い。これは別に、業界標準としてパッケージサイズが規定されているわけではない。シェアトップのメーカーが15センチだから、ほかのメーカーも右へならえ状態で15センチにしているのである。

 では、なぜ「15センチ」なのか?

 これには、店頭の什器のサイズが大きく影響している。店頭の什器の多くは幅が90センチであるため、パッケージの横幅を90センチの約数、つまり「15センチ」「18センチ」などにしておけば、横一列をムダなく埋められる。15センチ幅であれば横に6つ、18センチであれば横に5つ製品を並べることにより、幅90センチをスキ間なく埋めることができる。こうすることにより、店頭での陳列を美しく見せ、カラーやサイズのバリエーションを分かりやすく訴求することができるのだ。

マウスによくみられる「幅15センチ」のパッケージ写真左と中)。横に6個並べた時、店頭什器の90センチ幅にぴったり収まるよう計算されたサイズだ。最近は、90センチ幅に8個陳列可能な「幅11センチ」パッケージ(写真右)も多くみられる

 このように、先行するメーカーがパッケージサイズを定義してしまうと、後発メーカーや製品ラインアップの少ないメーカーは、これらのルールに準じたパッケージを用意しなければ、店頭への陳列すらおぼつかなくなる。その結果、パッケージのサイズは横並びになり、イレギュラーなサイズのパッケージは、よほどの売れ筋でない限り淘汰されてしまうのだ。

 これをまったく逆の視点から見ると、真の「売れ筋」が見えてくる。整然とした棚割で、1つだけ異彩を放っているようなパッケージサイズの製品があれば、それは「棚割の調和を乱してでも置かなくてはいけない売れ筋製品」であることが多い。単なる売れ残りや客注キャンセル品の場合もあるので一概に決め付けられないが、それでも在庫数で大まかな判断は可能である。

 日頃なにげなく訪れているPCサプライ売場の裏では、このような「面取り」のための激烈な戦いや駆け引きが繰り広げられているのだ。そしてこの結果、PCサプライは販売店にとっても重要な収益源となっていくのである。

カラーバリエーションの入れ替えでシェア低下を防ぐ

 メーカーは、販売店の棚の多くを自社製品で埋めてしまいたいと考える。露出を高めることは売上アップに直結するので、これは当然の発想であり、どの業界でも変わらない。しかしPC周辺機器業界は、日用品や食料品売場と比べて回転率が著しく低いこともあり、同一型番の製品を横にいくつも並べるという陳列方法はまず考えられない。

 そんなときに多用される手法が「カラーバリエーション展開」だ。上のマウス(幅15センチのパッケージ商品)の例で言えば、カラーバリエーションを6色投入することで、15センチ×6=90センチ、つまり横一列分の棚を確保するという手法だ。カラーバリエーションであることが視認しやすいパッケージデザインにしておけば、POPとしての役割も果たされ、訴求効果も上がるというわけである。

 だが、カラーバリエーション展開を長く続けていると、どうしてもカラーによる売れ筋・死に筋の差がハッキリとしてくる。販売店はメーカーに対し、死に筋商品の入れ替えを要求してくるが、メーカーとしてはその要求をのんで空いたスペースに他社を介入させるわけにいかない。

 そういうとき、メーカーが打つ次の一手は「死に筋商品と同数の新商品を新たに投入する」ことだ。もしカラーバリエーションの中で「レッド」「イエロー」が死に筋である場合、この2種を定番から外す代わりに完全な新色、例えば「クリアブルー」「パールブラック」といった新アイテムを投入して、プラスマイナスゼロにするという手法である。これにより、店頭の棚面積を確保したまま、販売店から死に筋製品を引き揚げることができる。この対応ができるかどうかが、店頭シェアの差を分けると言ってよい。

 死に筋製品は、量販店の店頭で値引き処分されるケースもあれば、メーカー自ら製品を引き揚げ、パッケージを交換して新品再生されるほか、ビニールパッケージのバルク品となって特価商材に使われるケースもある。秋葉原のショップ店頭でひんぱんに目にするアレである。

一般的な店頭什器に多い90センチ幅に合わせ、カラーバリエーションの展開数を決定するのがセオリーだ。「幅15センチ」のパッケージだと6個、「幅11センチ」のパッケージだと8個が並ぶ形になる。90センチ幅に収まらない中途半端なバリエーションでは展開しないのが定石である
死に筋のカラーの返品が決まったら、すかさず新しいカラーバリエーションを投入して棚を埋める。こうすることで、ほかのメーカーの介入を防ぐことができる
パッケージサイズが他社よりスリムだと、競合他社が空きスペースに製品を押し込もうとしても、スペースが足りずスキ間に入れることができない。パッケージのスリム化は、競合他社の介入を防ぐ有効な手段だ

売れ筋とニッチの狭間で

 パッケージ単体ではなく陳列そのもので視覚的な訴求を行う手法、いわゆるVMD(ビジュアルマ−チャンダイジング)は、衣料品や日用雑貨の業界では伝統的に用いられていたものの、PC周辺機器業界には長らく馴染みがなかった。しかし製品のコモディティ化が進み、文具業界などからの新規参入組が相次いだ1990年代後半から、PC周辺機器業界においても急速に浸透し始め、棚割システムの普及なども手伝い、ここ数年でごく一般的な手法として根付くに至った。

 もっとも、いくらVMDを実践したところで、きちんと売れ筋と死に筋を分析できなければ意味がない。これらの分析には、POSデータと連動したシステム、それも全国規模のデータを入手できることが不可欠である。販売店からPOSデータを提供してもらうか、メーカー自身の出荷データを用いるか、このどちらかということになる。

 これらの分析をもって販売店に提案が行えないメーカーは、結果的にカンや好みに頼った品ぞろえしか提案できず、死に筋製品と入れ替えるべき新製品の提案もできない。圧倒的な価格やスピードでも持たない限り、そのメーカーの製品は売場から徐々に姿を消していくことになる。

 昨今のWebにおける「ロングテール」の流れもあり、店頭には売れ筋製品のみ、ニッチな製品は定番外、という流れは今後さらに加速するものと思われる。メーカー自身がニッチ製品の販路をWebに見出してしまった現在、店頭にわざわざ死に筋製品を陳列するメリットはなきにひとしいからだ。

 しかし、販売店の側からすると、売れ筋製品だけを並べていたのでは、面白みのない店として客に飽きられるというジレンマを抱えている。棚割に組み込む必要のないスポット商材でニッチ製品を活用し、顧客を飽きさせない戦略がリアル店舗には求められている。売れ筋を元にした科学的な手法と、プロモーション的なニッチ製品の展開をいかにミックスして提案していくかが、今後PC周辺機器メーカーの明暗を分けるかもしれない。

後藤重治氏のプロフィール

大手PC周辺機器メーカーでマーケティングや販促・広報を担当したのちフリーに。現在は製品レビュー記事の執筆のほか、メーカーに対するコンサルティングを手掛ける。ニッチな製品には目がなく、身の回りが常に怪しげなPCアクセサリで埋め尽くされている。


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