電子ペンでタブレットに描く未来ワコムの野望

» 2007年02月14日 18時00分 公開
[後藤治,ITmedia]

 Windows Vistaには「Home Basic」を除くすべてのバージョンにTablet PC機能が組み込まれている。つまりVista搭載PCにペンタブレットをつなげば、「Windows Journal」や「Snipping Tool」などの機能をOS標準で利用できるわけだ。確かに、電子ペンで手軽にメモやスケッチをとったり、オフィス文書に手書きで注記を入れられるようになれば、PCがいままで以上に便利になるに違いない。タブレットの国内市場で96%のシェアを持つワコムのセンサー部品分野を担当する嘉本秀年氏に話を聞いた。

急速に拡大するタブレット市場

ワコム コンポーネント統括 統括ジェネラルマネージャー 嘉本秀年氏

――まずはじめに、タブレット市場の現状を教えてください。

嘉本氏 ペンタブレットの市場は、右肩上がりに拡大しています。特に、従来の工業デザイナーをはじめとする特定用途だけでなく、一般ユーザーの間でも需要が生まれてきているのが最近の傾向ですね。直近のデータでは、コンシューマー用途が4分の1を超えていますし、ほかにも医療などの分野で動きが見られます。

 タブレットが一般的なインタフェースとして普及し始めたのは、だいたい2000年前後ころからで、その前年には弊社からコンシューマー向け製品のFAVOシリーズが出ています。また、2000年は医療カルテの電子化が法的に整備された年でもありますね。販売数は分野別でも地域別でも偏ることなく伸びているので、将来的にまだまだ拡大するでしょう。

――タブレットを過去から現在まで俯瞰したとき、一般普及への転機となった大きな革新はありますか?

嘉本氏 デバイスレベルで技術的な改良は当然ありましたが、一般に普及したきっかけは外的な要因のほうが大きいです。紙に書くように、人間にとって自然な入力環境を提供する、というタブレットそのものの方向性は変わっていません。

 外的な要因としてまず挙げられるのが、PCのスペックの向上です。これにより、ペンタブレットを使うときの操作感がストレスのないものへと変わりました。

 2つめはデジタルカメラの普及。従来のデザイナーだけでなく、一般ユーザーの間でもデジタル画像をレタッチしたいという要望が生まれ、これがコンシューマー層への訴求を後押ししました。

 そして3つめは、インターネット通信環境というインフラの拡大。例えば手書きメモ機能などは、社内文書の回覧といったコミュニケーションツールとして真価を発揮するものですから、電子メールなどが一般的に使われるようになった環境は、大きく影響していると思います。

――技術面での改良にはどういったものがありますか?

嘉本氏 ユーザーの目に見える部分ではありませんが、モジュールは小型化していますし、アナログからデジタルに変わったのは大きな変更点ですね。

 例えばデジタルだと、複数の電子ペンにIDを振り、デザイナーが紙の前に12色鉛筆を並べるように、タブレットでもペンごとに色を使い分けることができるようになります。つまり扱える情報が飛躍的に伸びている。このため、ペンを回転させる動作に別の機能を持たせたり、回覧文書に書き込んだユーザーを電子的に特定したり、それを使った認証機能を実装するなど、用途に合わせてさまざまな機能を盛り込むことができるわけです。

感圧式と電磁誘導式の両方を統合するコントローラ(写真=左)。新開発の小型チップ(写真=中央)。ワコムの電子ペンは汎用インタフェースになっており、ペン先でさまざまな書き味を実現する。写真はディスプレイ用のスケルトンモデル(写真=右)

Windows Vistaへの期待

――Vistaの登場でペンタブレットの普及が加速すると言われていますが?

嘉本氏 弊社でも最新のWindows Vistaでペン入力がサポートされたのは、非常に大きなチャンスだと考えています。PCの歴史を振り返ると、システムに命令を行うキーボード、GUIを実現したマウス、という流れの中から、より表現力を高めるためのペン入力が出てきて、2007年には多くのユーザーが使うであろうOSの標準機能として組み込まれた。

 “パピルス”を引き合いに出すまでもなく、そもそも人間の歴史の中で最も親しみやすい入力方法はペンですから、これからはコンピュータの都合に合わせなくても、より自然なスタイルでPCが使えるようになったということでしょう。

――キーボードに慣れていない人には、いいかもしれません。

普段からE-mailにペン入力を使っているという嘉本氏。実演してもらった

嘉本氏 また、以前のペン入力(Windows XP Tablet Edition)に比べるとアプリケーションレベルでも使い勝手は向上しています。Windows Journalの文字の認識率は向上していますし、書き手のクセを学習する機能も実装されました。

 実際わたしはE-mailを書くときもペン入力を使っていますが、認識率は実用上まったく問題ありません。書き直す頻度もミスタイプをしてバックスペースを押すのと変わらない程度だと思います。逆に一度ペン入力に慣れてしまうと、ペン入力ができないデバイスは使いづらくて非常にもどかしく感じます。

――今回Vistaで潜在的なユーザーが一気に拡大したわけですが、御社としては、一般ユーザー向けの新しい製品ラインアップを展開していくのでしょうか。

嘉本氏 現在すでにフォトレタッチ用途などのコンシューマー向けには、FAVOシリーズがあるので、セグメント分けはその延長で考えています。つまり、CintiqやIntuosといったプロ向けのモデルと、DTシリーズやFAVOなどのコンシューマー向け、そしてビジネス向けのBizTabletというラインアップですね。

――ただ、やはり一般的なユーザーにとって、ペンタブレットは入力機器としてまだまだ高価な印象があります。例えば1万円を超える価格のマウスはかなりハイエンドな部類ですし、用途も一般向けというよりはゲームといった特定のものです。

嘉本氏 ペンタブレットによって可能になる機能や使い勝手、実現できる表現などを考えれば、けっして高いとは思いません。もちろん、デザイナーを対象にした業務用途向けモデルは除外しますが、FAVOなら1万円を切る価格で購入できますし、ビジネス向けのBizTabletならもっと安いですよ。

――そういえば、最近御社から新モデルが出ていません。それにコンシューマー向けモデル、つまりFAVOにはワイド対応モデルがありませんね。Vistaに合わせてそういったモデルの投入予定は?

嘉本氏 いつ何が出るのか、といった詳しいことは言えませんが、Windows Vistaに向けた新しい製品展開は考えています。そういった意味での正常進化は十分にありますね。

ペンタブレットが描く未来

――昨年レノボのタブレットPCに御社の技術“Dual Touch”が採用されましたが、今後のペンタブレットは、入力インタフェースとしてどういった方向に進化していくのでしょうか。つまり、補完的なPC周辺機器から一歩進んで、キーボードやマウスに近いインタフェースになるのか、もしくはそれすら代替するような何かになるのかという意味で。

嘉本氏 まず中心にPCがあって、その周りにキーボートとマウスとペンタブレットが並ぶという構図は、当面は変わらないと思います。ユーザビリティを高めるような機能的な進化はあっても、ペン入力をサポートするという概念自体が変わることはないでしょう。

 ただし、インタフェースの未来として大きな視野に立ったとき、出力インタフェースの画面――未来の表示デバイスが液晶か有機ELかは分かりませんが――これは当然存在するとして、入力側でPCの利用形態の変化に柔軟に耐えられるのは電子ペンだと思っています。

 例えば、マザーボードの集積化によって今後PCがより小さくなり、持ち運びながら、つまり立って使うようになれば、このときにキーボードやマウスは利用できませんが、電子ペンなら手帳にメモを取るように使えるでしょう。

――でも、ええと、PDA(ハンドヘルドPC)は国内では普及してませんよね。

嘉本氏 その点については、携帯電話が非常に多機能になったのが要因の1つかもしれません。しかし本当の意味でユビキタスなインフラが整えば、これも変わっていくと思います。

 携帯電話とPCでは扱える情報量に違いがあるし、端末の利用形態として、情報を消費するのではなく、情報を生み出す側にとっては、ペンが最適なインタフェースになりうる。仮に携帯をリプレースするような需要は生まれなくても、用途によって使い分けるようにはなるでしょう。

 さらに言えば、将来的にユビキタス社会を実現する汎用的なプラットフォームには、それこそ字を書ける人なら誰でも扱えるタブレットが理想的だと思います。もしそうなれば、端末を操作するために、ちょっとコンビニでワコムの電子ペンを買ってくる、という光景が日常的になるかもしれません。そんな未来を想像するとわくわくしてきますね(笑)。

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