NASが家庭にやってきた日──アイ・オー・データ機器「LAN-iCN」山口真弘の「PC周辺機器クロニクル」第3回

» 2008年06月25日 11時28分 公開
[山口真弘,ITmedia]

Windows 95とともにやってきたネットワーク時代

 ネットワークを経由してほかのPCの中にあるファイルにアクセスでき、さらにそのファイルをアプリケーションで直接開ける──この技術に初めて触れたとき、少なからず衝撃を受けたことを今でも覚えている。発売されたばかりの新OS、Windows 95を会社のオフィスで初めて使ったときの話だ。

 それ以前のWindows 3.1まではOSにネットワーク機能が搭載されておらず、LANに接続するためには別途NetWareなどのネットワークソフトを組み込む必要があった。そういう時代に、ネットワーク機能を標準搭載したWindows 95は、革新的なOSとして当時のコンシューマーユーザーに受け入れられたのだ。

 当時のオフィスにあったPCは、スタンドアロンで存在しているのが普通であり、限られたPCだけがNifty-Serveなどを経由して社外のネットワークに接続していた。まだインターネットは普及しておらず、先進的な一部をのぞいて、企業のWebページすらほとんど存在しない時代である。会社のドメインがないから、ビジネスマンが個別に使えるメールアドレスも存在しない。今のように「見積書を添付したメールを取引相手に送る」という技など、想像すらできなかった。

 ビジネスの現場におけるそんな「IT事情」を考えると、ネットワークを介して別のPCの共有フォルダを参照し、そしてファイルを読み書きできるようになったのは、非常にセンセーショナルな経験だったのだ。

 へー、ネットワーク経由で読み書きできるって便利だなー、これなら複数のPCで使うデータを一箇所にまとめておけるじゃん──筆者はそう思った。自宅で型落ちになったWindowsマシンをファイルサーバに仕立て、ちょうどこのころブームになりつつあったデジタルカメラのカシオ「QV-10」で撮影した画像を、ファイルサーバにストックするようになっていった。

 しかし、こうしたネットワーク経由の共有機能を積極的に活用していた筆者も、この数年後にネットワーク経由でのファイルの保存や読み書きに特化した「“OS入り”外付けHDD」が登場して、オフィスだけでなく家庭にまで普及するとは、さすがに予想すらできなかった。1995年の末というと、HDDはまだSCSI接続が主流で、500Mバイトとか1Gバイトといった容量の製品がSCSIボードとセットで売られていた。

「家庭用NAS」の先駆者、現る

 Windows 95の発売から7年の月日が流れ、SCSIという規格がパーツショップの店頭から姿を消し、外付けHDDといえばUSB接続かIEEE1394接続という状況になった2002年の初春に、家庭用NASの先駆けとなった製品が登場する。今回紹介するアイ・オー・データ機器の「LAN-iCN」だ。Windows 9x系列の最後となる「Windows Me」の後継「Windows XP」が登場した数カ月後になる。

 当時、NASというカテゴリーに属する製品はすでに存在していた。しかし、その多くは業務用であり、家庭にNASを置くという発想を持っていたコンシューマーユーザーもほとんどいなかった。HDD=PCに接続して読み書きするもの、という固定観念が多数で、HDDを増設する選択肢は、外付けにするか内蔵にするかの2択しかない状況であった。当時はUSB 2.0が登場して間がなかったこともあって、その転送速度に注目が集まっていたように記憶している。

 こうした状況で登場した「LAN-iCN」は、アイ・オー・データ機器の独自規格「i・CONNECT」を利用することで、同社製外付けHDDをNASとして利用できるアダプタとして注目を集めた。正確に言うと、「LAN-iCN」はストレージ部を持たず、LANのインタフェースでしかないため、別売の「i・CONNECT対応HDD」と組み合わせるか、もしくはHDDが付属するHDA-i/LANシリーズ」を購入することで、ようやくNASとして利用できたのだ。

「LAN-iCN」は、ストレージ部を持たず、同社製のHDDに接続して利用するLANインタフェースとして機能する。その構成は、CPUにSH3を採用した超小型Linuxマシンということができる
「LAN-iCN」と同社製80GバイトのHDDをセットにした「HDA-i80G/LAN」ならすぐにNASとして使えた。余談だが、当時は「LAN-iCN」単品より、こちらのセットモデルの売れ行きがよかったと聞いている

 LANインタフェースとHDDが一体化されていないため、「NASデバイスユニット」と考えるとACアダプタが2個必要になるという、いま思えば非効率的なデザインでもあった。しかし、複数のPCからアクセスできるストレージを家庭内で使いたい考えていた多くのパワーユーザーがこの製品に飛びついた。

 筆者も、この製品に飛びついた中の1人……、といいたいが、当時のNASとしては破格といえる4万9800円という実売価格でありながら、当時の筆者には高嶺の花だったという経済的な理由で購入は見送らざるを得なかった。筆者がNAS、いや、正しくはLAN接続HDDを購入するのは、2003年にバッファローの第2世代モデルとなる「HD-HLANシリーズ」が発売されたときのことである(わずか1年の間に、これら家庭用NAS製品の価格は同じ容量で半値近くにまで下がっていた)。

家庭用NAS市場が急速に立ち上がったのはなぜ?

 「LAN-iCN」は、その後ストレージと一体化した「LANDISK」ブランドに移行し、同社のHDD事業の中核を成すラインアップへと発展していく。一方、「LinkStation」ブランドを立ち上げたバッファローは、玄人志向ブランドから発売した「玄箱(KURO-BOX)」シリーズを大ヒットさせ、LAN-iCNとはまた別の意味で、NASが家庭に浸透するきっかけを作ることになる。

 各社から家庭用NAS製品が出そろうにつれ、今度は速度の競争に注目がされようになり、これらの製品のベンチマークテスト結果が専門誌で掲載されるようになったのはご存じのとおりだ。現在では、HDDを増設する第3の選択肢としてすっかり定着した。

 LAN-iCNが登場した2002年から筆者がHD-HLANシリーズを購入した2003年のタイミングで家庭用NAS市場が一気に立ち上がった理由は何だったのだろうか。その1つが2000年前後からADSLが普及したおかげで各家庭にルータが置かれるようになり、100BASE-Tのネットワークが一般的になったことだろう。NASの接続に必要なイーサネットが、ちょうどこのタイミングで家庭で普及したため「お手持ちのルータもしくはハブのポートに差すだけで使える」というキャッチコピーが、高い訴求効果を発揮した。

 もう1つの理由として考えられるのが、Windows XPの登場に合わせて新しくPCを購入するユーザーが増え、従来のPCと合わせた2台以上のPCを所有する家庭が多くなったことだ。どちらのPCからもアクセスできるHDDが欲しいがためにNASを購入するユーザーが多かったのだ。筆者の周囲にも、初めて購入する増設用HDDがNASというケースが少なからずあった。HDDをつなげるインタフェース拡張カードをPCの拡張スロットに装着するところから始めていたころに比べると隔世の感がある。

 今後、家庭用NASはますます当たり前の存在になっていくだろう。現在の家庭用NASはAV機器との連携を訴求しているが、これも数年前では考えられなかったことである。USB接続やIEEE1394接続を押しのけて「増設HDDといえばLAN接続」という時代がやって来るのも、そう遠くないのかもしれない。

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