帝国インキの製造する“白いインク”は、2007年のiPhone登場以来、ディスプレイを取り囲む枠の一部に使われています。一見何の変哲もない白に見えますが、Appleが帝国インキに求めたのは、隠蔽(いんぺい)性や透明度など、技術的に高度ないくつもの条件でした。
そもそも白といっても、さまざまなパターンがあります。白の難しさは混ぜものができない点。例えば、グレーなら暖かみを出すために赤を足したりして表現しますが、白は色を足すと汚くなってしまいます。
「当社の作っていた白は、Appleの要求する白の対極の色でした。iPhoneの白は蛍光灯のような青白い白ですが、当時は黄色がかった温かみのある白を作っていました。それを白色だと思ってやっていたので、『なぜうちの白はこの白なんだ?』と考えるところから始まるんです。だから当社の白をベースにして、要求される白を出そうとしてもダメ。とはいえ色のない“白”で反対側の印象に振るのは非常に難しく、素材の選定から見直していきました」(澤登氏)。
発色だけでなく、性能や環境保護の面などでもあらゆる厳しい条件が提示されます。なぜなら相手は妥協なきクオリティを追求するApple。肉眼では分からないレベルでも要求に達していなければNGが来るため、素材の選定から印刷の手法まで試行錯誤して調整する作業が求められると言います。決して大企業ではない帝国インキが、その厳しい条件に応えられる技術力を持っており、東京下町から全世界に発信している凄みを感じずにはいられません。
澤登氏はAppleとの仕事を「未知との遭遇」と表現します。「工業製品向けのインキメーカーという狭い世界にいると、取引先も馴染みの方が多く、そこでの商習慣がすべてになってしまいます。しかしAppleと関わることで、それ以外の知らない世界が見えてきますよね」と興味深く語ります。
例えば、ものづくりに対する姿勢。他メーカーと取引すると、相手の合否基準が肌感覚で分かってくるなか、Appleの担当者にはさらにその上を求められると言います。
「熱いですよね。うちの研究員も熱意はありますが、壁にぶつかるときもあります。するとAppleの担当者から『できないのは分かりますが、諦めずにやってください。やっていれば必ず道は見つかるから』と説得されるのです」。
Appleのデザインの美しさや完璧を求める姿勢はよく知られていますが、取引相手にも非常に高い水準を要求するため、「すぐには実現できない」と感じることもあると言います。それでも「お客さまから求められる要求事項には応えたいですし、挑戦することでできるようになることもあります。結果として世の中に価値を提供できるなら、諦めずにやりたいですよね」と澤登氏は言います。
しかもただ叱咤激励されるだけでなく、建設的な提案が出てくる点を澤登氏は評価しています。「依頼後放りっぱなしの取引先も少なくないなか、どんなに時間をかけようとも関係なく、ダメ出しから改善案まで、次に進める話をしてくれます。当社のやっているところを見て敬意を持たないとそんなことは言えませんから、こちらも挑戦する気になりますよね」。
「『買ってやってるから、それぐらいの要求は聞いて当たり前だろ』という態度では決してありません。Appleはこちらを信頼して評価してくれるからそれが原動力につながりますし、面白いんです。売上だけではない、やりがいが存在するから、これまでやってこれました」と振り返ります。
製品開発に必要な情報があれば共有し、採用テストの結果もただ合格、不合格を伝えるだけでなく、改善点を詳細に返してくれるAppleの姿勢に、澤登氏が当初抱いていた不信感は完全に払拭されたのだそう。「明かさないことに意味があるとこちらも受け取っていますし、フィードバックをもらえるのでありがたいです」と納得した表情が印象的でした。
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