ネット上にまだ「草が生えていなかった」頃の話

» 2016年08月22日 06時00分 公開
[上田啓太ITmedia]
オレの知ってるネットと違う

 ネットにおける文章表現ほど移り変わりの激しいものはない。私がネットを始めてからの17年で、どんどん表現は変わっていった。しかし人は初期に学んだ表現に呪縛されるのかもしれない。

 ということで今回は、ネットの書き込みに「草が生える」以前の話である。

ライター:上田啓太

上田啓太

1984年生まれのブロガー。京都在住。15歳のときにネットに出会い、人生の半分以上をネットとともに過ごしてきた男。

個人ブログ:真顔日記 Twitter:@ueda_keita


(笑)は、いまや正装に見える

 感情を表現するために文末に付けるものを、この記事では「感情記号」と呼ぶことにしたい。現在、ネットで一番使われている感情記号は「wwww」だろう。俗に「草を生やす」といわれる表現である。

 しかし私がネットを始めた1999年頃は、感情記号といえば(笑)だった。私はネットを始めてすぐの頃にこれを覚えた。チャットや掲示板で多くの人が使っていたからだ。例えば、相手に「いや知らないですよ」と言おうとして、ちょっと表現がキツいかなと思ったらこれを付ける。

 いや知らないですよ(笑)

 一気に印象が柔らかくなる。こりゃ便利、というわけである。

 だが現在、(笑)を使っている人は激減した。草の時代がやってきたからだ。たまにネットで(笑)を使っている人を見かけると、「丁寧な人だな」とすら感じる。文字をいちいちカッコでくくるところが丁寧だし、漢字で「笑」と表記しているのも丁寧だ。それに感情記号だけで全角3文字分もスペースを使っている。「w」なら最小限で済むのに。

草を生やすことに抵抗がある

 鳥のヒナが最初に見たものを親だと思うように、ネットユーザーも最初に見た感情記号を「普通」だと思うのかもしれない。私にとって文末に付けるものはいまだに「笑」だ。「wwww」は恥ずかしくて使えない。「草」も恥ずかしい。ワラ、ワロタ、クソワロタ、テラワロス、ワロリンヌなどは缶ビールを5本は空けないと使えそうにない。

 しかしネット空間はカジュアルになっている。面白いなら普通に笑えばいいし、左右のカッコをつけるのはまどろっこしい。友達同士の気軽な飲み会にフォーマルなスーツで来られても困る。そんな雰囲気も感じられる。ということで現在、私はメール等ではこうしている。

 いや知らないですよ笑

 左右のカッコを脱いだ。草を生やすことはできないが、昔ながらの(笑)にも違和感がある。その板挟みでカッコだけ外したわけである。ネクタイを外して袖をまくったようなものだろうか。しかし草だけは生やせない。十代の頃の刷り込みだろう。

感情記号を使わないと落ち着かない時期があった

 さて、感情記号は便利だが中毒性もある。人間心理とは妙なもので、感情記号を付けることに慣れてしまうと、普通の文がどれも無愛想に見えてくるのである。例えば2ちゃんねるのまとめサイトなんかでは、もはや何ひとつ笑うところのない話題でも草を生やすようになっているだろう。

 イチロー3000本安打wwwwwwwwwwww

 こんな見出しが普通にある。このニュースのどこに笑う要素があるのか。イチローの偉業に対するリアクションが「感動」ではなく「爆笑」なのか。イチローの一挙手一投足がツボにはまって仕方ないのか。「木の棒でwww丸い球をwww打つのがうまいおじさんwwww」みたいに。

 しかし感情記号が癖になるというのは分かるのだ。私も昔、(笑)を付けないと落ち着かない時期があった。普通の文がどれも冷たく見えてしまうのである。だから高校生の私は、チャットで仲良くなった友達と会話するとき、

 おっす(笑)

 最近暑すぎ(笑)

 あと宿題多すぎ(笑)

 セミうるせえ(笑)

 んじゃまた明日(笑)

 というふうに、一文ごとに笑っていた。夏が暑くて笑い、宿題が多くて笑い、セミがうるさくて笑う。さすがに「なに笑とんねん」と言いたくなる。夏の暑さで感情のタガが外れたのか。

(爆)とは何だったのか

 最後に(爆)という表現について書いておきたい。これは現在では絶滅した表現である。(笑)はギリギリ生き延びているが、(爆)は本当に見なくなった。

 この表現のニュアンスを説明するのは難しい。私は「自爆」の「爆」だと解釈していた。自分の発言に自分でツッコむ表現とでも言えばいいだろうか。現在でいうと、若めの女子が使う以下の表現に近いかもしれない。

 今月やばいw

 誰かごはんおごって←

 この「←」である。これは(爆)が転生したものだと私は思っている。先回りしてツッコんでおく表現、「おかしなこと言ってると自覚してますよ」と相手にアピールする表現だ。よって、これを1999年頃の表現に直すとこうなるだろう。

 今月やばい(笑)

 誰かごはんおごって(爆)

 これが(爆)の使い方である。知らない人が見たら驚くかもしれない。この女、メシをたかると同時に爆発してるんだから。

 今では信じられないことだが、1999年頃のインターネットでは、(笑)と同じくらいに、(爆)も覇権を握っていた。あちこちのチャットや掲示板で人々は日常的に爆発していたのだ。ずいぶん物騒なインターネットである。

 さらに物騒な表現もあった。(爆)から発展した(核爆)である。表現がエスカレートするのは今も昔も変わらない。「草不可避」が「大草原不可避」を生み出したように、(爆)は(核爆)を生み出したのだ。

 今月やばい(笑)

 誰かごはんおごって(核爆)

 もはやメシをおごるどころの騒ぎではない。この女、メシをたかると同時に核融合を起こしている。やばいのは今月じゃなくおまえだと言いたい。

オレの知ってるネットと違う

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