リハビリはつらい――。そんな「常識」は、ゲームによって打ち破られるのかもしれない。
独デュッセルドルフで11月13日〜16日までの4日間、世界最大の医療機器フェア「MEDICA」が開催された。
毎年開かれるこの展示会には、各国の医療機器メーカーや認証団体が出展し、約270万平方メートルもの総面積を誇るメッセ・デュッセルドルフでさえ大勢の人で埋め尽くされる。
2017年の会場では、診断機器や研究機器、コンシューマー向けのヘルスケア製品などを並べたブースが目立つ中、筆者の目にとまったのは任天堂「Wii」のような「ゲーム機」だった。
そのゲーム機の名前は「reFit Gamo」。開発したのは、独ミュンヘンが拠点で設立からまだ1年もたたない、子ども向けのリハビリ用システムを開発するスタートアップreFit Systems。なぜ、医療機器フェアにゲーム機が……?
医療機器フェアにゲーム機――。初めは場違いに感じたのだが、試用してその意味と新しさに気づいていった。
reFit Gamoは、オリジナルのハードウェアとMicrosoft「Kinect」やIntel「RealSense」といった市販のモーショントラッキングデバイスで構成される。プレイヤーは特に何かを装着したり、コントローラーを手に持ったりする必要はない。
まずプレイヤーは『Toby’s Balance Assessment』と名付けられたゲームで体のバランスをチェックする。そのデータをもとに、医師や理学療法士、作業療法士たちがゲームの難易度やリハビリの強度などを指定できるようになっている。
チェックしたあとには、2つのゲームコンテンツが用意されている。
1つ目は『Magikart』と呼ばれるどこかで見たことがあるようなレースゲームで、プレイヤーが体を動かしてカートを操作するというもの。プレイする前には、カート操作に上体を使うか腕を使うかといった設定ができるので、リハビリの内容に応じて操作性を最適化できる。
2つ目のゲーム『Underlord』は、画面内を歩いているキャラクターを手で誘導して、障害物を避けながらゴールを目指すもの。こちらは手や指の動きに特化しており、手をカップのようにしてキャラクターを動かしたり、手を大きく開いて障害物の前でキャラクターの動きを止めたりして遊びながら、リハビリが行えるという仕組みになっている。
実際に両ゲームをプレイしたが、自分の体の動きと画面上の動きに時間や大きさの差がほとんどなく、ストレスを感じない。Magikartでは複数人でのプレイもできるため、友人や家族と一緒に楽しむこともできる。
実際、MEDICAの会場でも「リハビリ目的」という感覚は薄れ、純粋にゲームとして楽しむ大人の姿も見受けられた。
ゲームのグラフィックやキャラクターも、教育用やリハビリ用と聞いて思い浮かべそうな、2次元で味気ないデザインよりはかなり良い。無料で遊べるゲームが数え切れないほどある今日でも、十分お金を払ってもいいと思えるレベルだった。
また、プレイヤーのエンゲージメントを高めるための方策として、プレイヤーがモバイルゲームのようにプレイ中に集めたコインを使って、自分のアバターをカスタマイズできるようにもなっている。
reFit Systems共同創設者のアレハンドロ・メンドザ氏は、reFit Gamoの「リハビリを楽しく」というミッションのもとプレイヤーである患者を飽きさせないため、今後ゲームの数を増やしていく予定だという。
このゲーム機にはもう1つの意義がある。それが安全な「遠隔リハビリ」を実現するというもの。それを可能にしているのが、ゲーム機に搭載された「Control Center」という医療機関側の管理ツールだ。
Control Centerのダッシュボードには、プレイヤーの基本情報(名前、性別、生年月日、身長、体重など)とともに、1日あたりの平均プレイ時間や、ゲームで遊んだ回数などが表示され、これらのデータは週・月ごとのグラフとしても閲覧できる。
これらのデータは暗号化された後、リアルタイムで医療機関側のサーバに送られる。医師や作業療法士は、PCやモバイル端末からアクセスできるため、先ほどのゲーム機が病院になくても患者の様子を確認できるようになっている。
reFit Systemsは現在、この管理ツールのテストをドイツ国内の複数の医療機関で行い、臨床データの収集に努めている。その後、まずは整形外科への導入を目指しており、将来的には患者が病院を訪れなくても自宅で安全にリハビリができるようにする考えだ。
さらに彼らは、reFit Gamoの十分なリハビリ効果を証明できるような臨床データが集まり次第、規制当局への販売許可申請を行う予定だ。
これまで遠隔医療の分野におけるテクノロジーの活用は「診察」に重きがおかれていたが、今後はreFit Systemsのプロダクトのようにリハビリなど「診療」のプロセスにおいても有用性が認められていくだろう。
日本でも、2018年の診療報酬改定に向けた遠隔診療へのインセンティブが議論されている。病院に行く時間がなかったり、へき地に住んでいたりする人であっても、理学療法士のアドバイスを受けながらエクササイズをできるようにするサービスが登場している。
今後、医療サービスの受け方、医療従事者の働き方には確実に大きな変化が起きるだろう。
文:行武温
編集:岡徳之(Livit)
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