新OSに見るAppleのメッセージとは? WWDC 2018を林信行が読み解く(3/4 ページ)

» 2018年06月07日 11時11分 公開
[林信行ITmedia]

顧客の個人情報を売り物にする“ビッグデータ”の価値を下げる改善

 一方、iOSとmacOSに共通する「顧客重視」の改善がセキュリティとプライバシーを守るための機能改善だ。

 インターネット普及後に登場したIT企業の多くは広告を主な収益源としており、より高い広告料を得るためにユーザーの行動履歴などのデータを売り物にしていることが多い。2018年はそんな企業の1つ、Facebookの“情報横流し”が世界的に大きな問題となった(参考:FacebookやGoogleに自分がどんな情報を与えているか確認する簡単な方法)。

 筆者はこの一件でIT業界の流れが一変したのを感じている。これまでITの文化はシリコンバレーで生み出され、世界に押し付けられてきたイメージがある。

 そんな中、「シリコンバレーのやり方が必ずしも正しいとは限らないと」と声を上げ、自分たちの歴史や文化に照らし合わせたITと生活の均衡点を法律として打ち出してきたのが欧州連合(EU)だ。

 5月、エマニュエル・マクロン仏大統領による「Technology for Good」(善良を目指すテクノロジー)と題した講演で始まったVIVA TECHNOLOGYと時期を同じくして、EU発の個人のデータを保護する規則であるGDPR(General Data Protection Regulation)が施行された。「デジタルライフスタイル時代の生活文化はシリコンバレーの外からでも作れる」ということが世界に示されたのは記憶に新しい。

 ただ、実は「顧客」の個人情報を保護することに関しては、そのEUのさらに先を行っているシリコンバレー企業もある。3年前の2015年のWWDCから「私たちは顧客のデータを売り物にしない」と宣言し続けてきたAppleだ。同社は今回のWWDCでも、さらに踏み込んだ個人情報保護の機能をmacOSの機能として紹介しているが、IT企業がいかにして個人を特定してその情報を集めているかをネタバラシする様子は痛快だった。

 まず、よくインターネットの記事で見かけるソーシャルメディアで共通するためのボタン(この記事にもついている)、これが実は個人の行動履歴を盗み見して分析している。さらによくあるのが記事下のコメント入力欄。これも個人データの収集装置だ。

 この秋に登場するmacOS次期バージョン「macOS Mojave(モハーベ)」の標準WebブラウザであるSafariでは、こうした個人情報収集のためのWebページ構成要素を非表示にする(もちろん、ユーザーが望めば表示させることもできる)。

個人の行動履歴を盗み続けるその他のIT企業と戦い続けるApple。WWDC 2018の基調講演では、インターネット上で個人を追跡する仕組みを明かし、Safariで防げることをアピールした

個人情報収集の手口であるソーシャルボタンやコメント欄をそれでも使いたいという人は、この通知で「OK」を押せば通常通り表示される。Appleが防ごうとしているのは「知らず知らずの間」に個人の行動履歴がのぞき見されるのを防ぐことだ

 さらにAppleは、Webページに仕掛けられたこれらの構成要素がどうやって個人を特定しているかも解説した。こうしたサービスを提供する企業は、ユーザーが使っているPCのシステム構成やフォント、どんなプラグインがインストールされているかなどをチェックして個人を特定していることが多い。そのためmacOS Mojaveでは、Webブラウザが勝手にこうした情報を調べられないように仕様変更しているという。

IT企業は、ユーザーのマシン構成やインストールされているフォントなどの情報を手掛かりに個人を特定しようとする。新Safariは、そうしたWebサービスに対して標準の構成情報や標準搭載のフォントしか知らせないことで、個人を特定できないようにする。これは新たないたちごっこの始まりか!?
iOS 12やmacOS Mojaveではアプリが、ユーザーの知らないところで勝手にこうした情報を盗み見しようとすると、通知を表示する。

 もちろん、「顧客」の情報を守る上で脅威になるのは、Webページのオーナーや広告業者だけではない。アプリ開発者の中にも必要以上に顧客の情報を収集しようとする企業があり、ここに対してもアップルは制限を厳しくしている。

 ここで考えて見てほしい。こうした「顧客」を尊重した提案は、物言う政府や学者の方々、あるいは社会派のニュースから耳にすることはあっても、他のIT企業から出てきたことはこれまでほとんどなかった。

 社員個人の見解として内心では問題だと思っていても、多くのIT企業はそもそもの収益源として、そこに頼っているので言い出しにくい部分がある。一方、Appleは収益のほとんどが製品やコンテンツの売り上げだ。そういう意味では、Appleはビジネス構造上も「顧客」に健全な暮らしを守りやすい状況にある特異な会社といえる。

 「顧客」を大事にするということは、Apple自身でさえ、これまで通してきた「利己」を多少なりとも諦めることにつながるのか、CarPlay(iPhoneを車載ディスプレイ経由で利用可能にする機能)の仕様変更には少し驚かされた。これまでAppleはかたくなにApple製地図の利用しか認めてこなかったが、iOS 12ではGoogle Mapなど他社製の地図も利用できるようになる。

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