Appleは今年、多数の「Pro」製品を発表した。「iPhone 11 Pro」が最も身近な製品だろうが、開発者向け会議のWWDC 2019で発表された「Mac Pro」、および「Pro Display XDR」は、映像制作の現場に大きな影響を与えた製品だった。
とりわけPro Display XDRは、業務用マスターモニターに匹敵する表示性能を持つ。4K動画はもちろん8K動画の編集やレイトレーシングによるレンダリングまでカバーできる高性能な構成も可能な新しいMac Proとともに、真の「Proモデル」として一貫したポリシーで設計されていた。
これらの製品は2019年内発売とされていたが、Appleによると12月に発売が決定。さらにMac Proは搭載可能なSSDが最大8TBになり、6ストリームの8K映像を「Final Cut Pro」で同時に扱えるようになった。
発表時には3本とされていた8K映像のストリームを6本まで扱えるようになった理由は、Mac ProのシステムにFinal Cut Pro自身を最適化した結果とのことだ。また、Blackmagic DesignがSDI(プロ向けの映像伝送規格)を4チャンネル束ね、HDMIへと変換する装置を用意したことで、Pro Display XDRで8K映像をダウンコンバートではあるが、表示できる環境が整う。
こうした“プロフェッショナル向け”Mac製品の仕上げとして登場するのが、今回発表された「16インチMacBook Pro」だ。
16インチモデルのMacBook Proは、15インチモデルを置き換える形で登場する。15インチモデルは廃止され、ラインアップから完全に消えることになる。
もっとも、ディスプレイサイズ(15インチモデルのディスプレイは正確には15.4型のため、実際の差は0.6型だ)とサイズ拡大に伴う画素数の増加(3072×1920ピクセル、画素密度226ppi)は目立つ要素だが、実際に製品を使ってみると、ディスプレイだけが主役ではないことが分かる。
本質的な改良点は性能の上限を引き上げ、エンドユーザーが使用目的に合わせて幅広い性能レンジを選択可能になるよう、本体の熱設計を大きく変えたことで、あらゆる要素のベースラインが引き上げられているのだ。
ただし標準モデルの価格は維持されている。
16インチMacBook Proは、2.6GHz動作の第9世代Intel Core i7(6コア)が標準構成(16GBメモリ、512GB SSD)で24万8800円、2.3GHz動作の第9世代Core i9(8コア)が標準構成(16GBメモリ、1TB SSD)で28万8800円だ(いずれも税別価格)。
いずれもグラフィックスメモリはGDDR6を4GB搭載しているが、前者はRadeon Pro 5300M、後者はRadeon Pro 5500M搭載と、GPUパフォーマンスに違いがある点に注意していただきたい。
それぞれ15インチモデルよりも安価に設定されており、Core i7搭載標準モデルで1万円、Core i9搭載標準モデルで1万4000円、それぞれ買い求めやすい価格設定になった。これはAppleが設定している為替レートが変化したためで、米国価格では全く同じだ。
つまり、従来機をそのまま引き継いだ機能・性能の正当進化モデルでもありながら、構成を変更することで、さらに高いパフォーマンスを引き出せる“スケーラビリティ”を備えたのだが、性能の上限を引き上げるための設計変更が、製品のあらゆる特徴へと連鎖している。
最新製品に限った話ではないが、パーソナルコンピュータは熱設計によって、実際に稼働させる際のパフォーマンスが大きく変わる。熱設計とは「使われている部品が出す熱を、どのように排出できるよう設計しているか」というデザインアプローチや性能のことだ。
なぜなら、高性能を発揮させ続ければ多くの電力を消費し、消費するほどに発生する熱も増える。熱設計に余裕があれば、高い負荷が続いても安定して性能を出し続けることができる他、ノートパソコンなど手元のキーボード近くに熱源がある場合は、使用時の快適性にも大きな影響を与える。
これは古今東西、筆者がパソコンの評価記事を書き始めた25年前から変わらない原理原則のようなものだが、Appleによると16インチモデルでは15インチモデルよりも“12W分”熱設計に余裕があるという。
“昔から変わらない原理原則”と書いたが、実際には現代のパソコンは以前よりも設計による性能差が大きくなっている。
日常的な処理であれば差は出ないが、動画処理や3Dグラフィックスのモデリングやレンダリング、あるいは大量のRAW現像をこなすといった処理をインタラクティブに行う場合、連続的な高負荷がかかる状況では、熱設計による差が大きくなる。
なぜなら、内蔵するプロセッサ(CPUおよびGPU)自身が、発生する熱の状況に応じて大きくパフォーマンスを変えながら動く仕組みを持ち、またCPUとGPUの両方が並列で高負荷の処理をこなしていくためだ。
例えば16インチMacBook Proに搭載されるCPUは、どのモデルも最高5GHzのクロック周波数で動く。いわゆるTurboモードだが、この速度で常に動かせるわけではないものの、熱設計に余裕がある場合は高速で動ける時間帯が長くなる。同時にGPUの負荷が高くなっている状況ならなおさらだ。
16インチMacBook Proの場合、ヒートパイプのレイアウトを変えることで放熱板を35%大型化。空気を送り込むインペラーのブレードも変え、エアフローが28%増えているという。その結果、12W分の余裕が生まれたというわけだ。
発表されたモデルは、いずれも直前の15インチモデルと同じプロセッサ(GPUはAMD Radeon Pro 5000Mシリーズにアップグレードされ、従来の1.2倍の処理能力になっている)を搭載しているが、iPhoneやiPadとは異なり、搭載するプロセッサをAppleが開発しているわけではない。
つまり、今後Macに搭載されていくプロセッサのトレンドをApple自身がコントロールしているわけではないが、熱設計に余裕を持たせることによって、最大限にパフォーマンスを引き出せるよう“プロ向けに再構築した”のが、今回のアップデートにおける最大のポイントだ。
例えば、開発ツールの「Xcode」で大規模なアプリケーションのコンパイルを走らせながら、同時に5つのエミュレーターで異なる解像度のiPhoneやiPadの動作エミュレーションでテストをこなすといったことを新しいMacBook Proで続けてみる。すると、当然ながら高い負荷が続くが、キーボード上、ヒンジ中央の熱くなりやすい部分に手を触れても熱さを感じない、という程度に余裕がみられた。
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