今年取材した中で最も印象的だったのは、海外で10代の若者がスマートフォンよりPCに接する時間が増えているという調査結果だった。これは日本HPが新製品発表会で紹介した数字で、米国、中国、ドイツのZ世代(22歳未満)がミレニアル世代(23歳〜28歳)に比べて有意に増加しているという。PCからスマートフォンへのシフトが叫ばれて久しいが、それに逆行するような動きだ。
この調査そのものは、スマートフォンではなくPCの巨大メーカーであるHPが行ったものであり、各世代の調査を別々に行っているなど、そのままストレートに受け入れていいのか慎重になる必要がある(いずれもHPの現地法人がそれぞれ市場研究のために集めたデータ)。
とはいえ、同社がこうした市場データに基づき、22歳未満のZ世代に向けたPCの商品企画で業績を伸ばしていることを考えれば、ある程度は信頼に足る「動向」「流れ」といえるだろう。
この動きの本質はまた、来年以降のテック市場の行く末も示唆している。それは今年1月のコラムで予想したこととは真逆の方向。いわゆる「モノ」から「コト」への変化だ。ただし、モノの価値が落ちる、という話ではない。
日本HPの分析では、Z世代は写真や動画を自分で発信する利用者が多く、コンテンツクリエイションのためにPCを用いているのだという。コンテンツクリエイションには、それなりの時間と手間がかかるため、スマートフォンやタブレットではなくPCを用いることが多い上、トータルの接触時間が長くなるということだ。
またスマートフォンで接触した動画などを、より大きな画面で楽しみたいニーズも無視できないという。テレビではなくPCで楽しむ理由は、よりネットへの親和性が高く、素早くコンテンツにたどり着けるからだろう。
この辺りは、本記事を読んでいる皆さんも日常的に実感しているのではないだろうか。
単純に「リッチなメディアを使って、自分でクリエイションをし始めたから」「パワフルなツールでよりクリエイティブなことをしているから」といった理由で「スマートフォンよりパワフルなPCを使っているのだ」とも捉えられるが、一方で各種デバイスの位置付けが定まってきたことで、消費者がいよいよ「モノ」から「コト」へと、価値を感じる対象をシフトさせているのでは? というのが僕の考えだ。
スマートフォンに比べてPCが得意なことは、大画面とより複雑な作業に向いたユーザーインタフェースを通じて行うクリエイティブな作業と、複数のアプリケーションを連動させながらの複数メンバーでの共同作業などがある。
動画や写真の自分発信、デジタルでの創作作業などがPCへの回帰をもたらしているというのはその通りだが、彼らが求めているのは「PCというモノ」ではなく、「デジタルメディア、SNSを通じた自分発信というコト」だ。
PCの黎明期は、新しい製品に買い換えるだけで「何か新しい体験」がもたらされ、その「何か分からないこと」への期待感が買い替えを促し、市場が大きくなり、大きくなった市場にコンテンツやアプリケーションが集まった。
これはスマートフォンも同じだ。iPhoneが生まれ、そこにアプリ市場が立ち上がってから5〜6年は、毎年のように「新しいスマートフォンが新しい何か」をもたらしてくれた。
こうした時期には、まさに「新しいモノ」へと買い換えるだけで、消費者は満足を得られる。しかしモノを買い換えるだけでは、新しい体験を得られなくなってくると、モノから目線は外れてくる。
HPの調査は「PCが復活した」のではなく、PCもスマートフォンも製品、市場ともに成熟が進み、目的……すなわち「コト」に応じて道具を使い分けるようになった結果なのだと思う。
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