「Liquid Retina XDRディスプレイ」と名付けられたディスプレイは、実際に見るととても美しい。数字でいろいろなものを挙げることはできるが、こればかりは対応コンテンツを実際のディスプレイで見る以上の説得力はない。ちなみにiPhone 12シリーズ以降のカメラならば、このディスプレイの実力を発揮させる静止画、動画を撮影できるようになっている。
そういう意味では、ディスプレイの進化を見据えた上でOSやハードウェアの機能、あるいは記録フォーマットの標準化などに食い込んで、数年をかけて仕掛けが用意されていたとも言える。
例えば、近年のiPhone内蔵カメラは、その映像処理を実現するために3年前に映像処理ポリシーを決め、SoCに求める機能、性能などのすり合わせを行った。同時にカメラの機能が確定してくるため、その準備として動画、静止画ともに(例えばP3色域やHDR情報の記録方法など)標準規格策定に加わっていった、といった具合だ。
やや話がそれたが、このディスプレイを実現するため、いろいろなレイヤーでAppleは新しいアプローチを取っている。
ミニLEDバックライト採用の液晶パネルを開発するベンダーへの投資はもちろんだが、ミニLEDで多数のバックライトを背面に置いたからといって、よいディスプレイになるわけではない。セットでバックライトの制御と、バックライトに連動した信号処理が必要だからだ。
Appleは単体のプロ用ディスプレイ製品である「Pro Display XDR」でこのジャンルに挑戦していたが、このときの開発成果、ノウハウをM1チップの中に盛り込んでおくことで、iPad Proや今回のMacBook Proで1000分割での制御が可能になっている。
スクリーンセーバーの「ドリフト」を真っ暗な部屋の中で見ると、その的確なバックライト制御に感心するはずだ。
的確な表現力を持つことは、ディスプレイ設定にリファレンスモードと呼ばれるプリセットが用意されていることからも分かる。これらプリセットには代表的な映像標準規格に沿った表示が用意されており、規格に従った表示が行えるようになっている。
例えば、HDR規格に定められているPQ(Perceptual Quantization)方式のカーブに沿った表示を行わせようとすると、輝度調整などの設定が無効となり、規格通りのトーンカーブで表示を行おうとする。PQカーブでは絶対値で明るさが決められているためだ。同じようにSDRのビデオ規格を選べば、100nitsをピークにロールオフする明暗の特性が絶対値として設定される。
ノート型Macの内蔵ディスプレイを数百万円クラスのマスターモニターと比べるのはナンセンスだろうが、業界標準といわれている幾つかの標準映像を見る限り、評価環境を整えれば十分に使えそうな印象だ。これがデスクトップならば、別途、外付けディスプレイを用意すればいいが、どこにでも持ち出せる機材でここまでの設定が行えるのはとてもいい。
ちなみに測定器で測定した白色点、輝度を基にマニュアルで白のバランスと輝度を入力、補正する機能もある。少し試してみたが、実に滑らかに調整されるため、色階調が飛んだり、ひずみが出たりといったことは感じなかった。
こうしたまさにプロ向けの作り込みがされている一方で、デフォルトでは1600nitsまでのピーク輝度をたっぷり使い、Display P3の色域の範囲内で、可能な限りコンテンツ本来の見え味に近い表示をするよう信号処理を行う。
この辺りはソフトウェアなのか、半導体への仕込みもあってのことなのかは判断できないが、色空間変換の精度を上げることに相当気を遣っているのだと想像される。
Appleはディスプレイの名称に関して、HDRではなくXDRと表現している。その理由は、恐らくだがHDR規格に準拠しているのではなく、広いダイナミックレンジを持つディスプレイの中でHDRコンテンツを含む映像、写真を鑑賞環境に合わせて表示すること(つまり、最新ディスプレイの広いダイナミックレンジを生かす仕組みそのもの)なのだと解釈している。
モバイルコンピュータは、オフィス、自宅、カフェ、屋外など、さまざまな場所で使われる。それらに追従するため、輝度センサーや色温度センサーで魅せる技術は、普段からの作業に適しているだけではなく、一般ユーザーが映像作品や写真を干渉する際にもよりよい品質で楽しめる。
こうした「業界標準」に対応しつつ、「どんなときも最適に表示」という考えは、画面の書き換えサイクルにもいえる。通常はProMotionの設定で最大120Hzの可変リフレッシュレートにより体験の質を高めつつ、60、50、48Hzといった典型的なリフレッシュレート以外に59.94、47.95Hzといった放送向けのリフレッシュレートに固定することもできる。
感性に基づく体験の最大化と、規格通りに振る舞うプロ向けツールとしての機能。ここまで徹底して両方に対応している製品は過去に経験がない。
単に液晶パネル、バックライト構造、センサー類の精度などではなく、それぞれの制御まわりのノウハウや信号処理の精度の高さ、的確な処理アルゴリズムなどがそろっていないと、なかなかこうはならない。
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