ところで新しいMacBook Proが出荷され、実物を初めてみた人の中には、この素晴らしいディスプレイよりも内蔵スピーカーの音質に感心する人が少なくない。それほど一度聴けば分かるほど、明確に音質がいい。
キーボードとパームレストの左右に2つのツイーターと4つのフォースキャンセリングウーファーで構成される6スピーカーシステムを内蔵。キーボードからはTouch Barがなくなり、右上にTouch IDを配置している単純に周波数特性がよいということではなく、音場の表現が緻密で情報量が多く、空間オーディオの立体感もきちんとでている。こればかりは文字で表現してもあまり現実的なことだとは思えないものなので、是非とも自分自身で体験することを勧めたい。
これまでもいろいろなデバイスで、演算による音質改善をAppleは進めてきた。そもそもiPhoneの内蔵スピーカーでさえ立体音響を実現するのだから、そこに優れたスピーカー設計を組み合わせれば音がよくなるのは当然だ。
とはいえ、音質は強い意志を持って改善しない限り、ここまではよくならない。手間暇をかけて改善しても、音質だけでパソコン本体の製品を購入してくれる消費者は少数派だからだ。
さらに音声信号処理の最たるものである空間オーディオの表現力は、そもそもApple Musicでコンテンツそのもののドルビーアトモス対応を自身で推進しなければ絵に描いた餅になっていた。優れた体験ができる製品を作るため、スピーカー設計、デジタル信号処理技術、それに必要なソフトウェアと半導体回路を用意した上で、そのハードウェアを生かす音楽配信サービスを自身で提供しているからこそ、最後の体験までの動線を引ける。
最終的には「ノートパソコンからこんな音がするの?」というシンプルな驚きでしかないが、そこに至るまでには複合的な要素を全て自社で提供しているからこそ、付加価値をよどみなく提供できる。
当然ながら音をよくしようという強い意志がなければ、そもそも成果は生まれない。そうした意味では、iPhoneの開発に始まり、イヤフォンやスピーカーの開発を経て得てきた経験、音質を改善すればそれを感じてくれる顧客がいるという信頼関係が、成果を生んだともいえる。
新型MacBook Proはプロセッサの性能、選択肢の幅という面で幅広く高性能を提供する。高性能なノートパソコンは冷却ファンのノイズなどに悩まされるものだが、動作は静かでバッテリーでの長時間駆動にも対応する。
HDMIやSDXCカードスロットの搭載など、これまであった潜在的な不満にも対処している。Macをクリエイティブな作業に使っている人ならば、誰もが納得の進化をしている。そもそも搭載するOSが異なるため、Windowsから乗り換えるかどうかといった視点はあまり重要ではないだろうが、既存のMacBook Proユーザーにとっては機材更新の大きなチャンスであることは間違いない。
付属のACアダプターは67W(8コアM1 Proの場合)あるいは96W(10コアM1 Pro、M1 Proの場合)。こちらは96Wのものだ。付属のケーブルはアダプター側がUSB Type-C、MacBook Pro側がMagSafe 3となるもっとも数年ぶりに施されたシャシー設計からの刷新なのだから、製品としてよくなっているのは当然だ。パソコンという商品の枠にはめるのであれば、macOSが動作する高性能ノートパソコンはこの製品しかない。
一方でこの製品の細かな作り込みに関して、Windowsが動作するIntel、あるいはAMDのプラットフォームを採用するパソコンがどうなっていくのか、あるいはArmを採用するWindows機がどうなっていくのかといったトレンドへの影響に注目したい。
同時期にIntelはArmのbig.LITTLEにも似た異種CPUコアを採用する第12世代Coreを発表したが、Intelプラットフォームが本格的なヘテロジニアスアーキテクチャの世界に入り、多様なプロセッサの集合体になっていくなら、PCは表情に乏しい汎用(はんよう)的なコンピュータから、作り手の意志を強く感じるこだわりのある製品になっていく道もあるだろう。
Appleは半導体設計からOS、ソフトウェア開発ツール、アプリ開発、ハードウェア設計、各種ハードウェアの要素技術を持つメーカーとの協業などを通じて、一足先に垂直統合型で新型MacBook Proを作り上げた。
この先、Mac Proの領域にまでこの手法をどのように広げるのか、今から楽しみで仕方がない。
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