コロナウイルスの流行から世界情勢の不安定化、製品供給網の寸断や物流費の高騰、そして急速に進む円安と業界を取り巻く環境は刻一刻と変化している。そのような中で、IT企業はどのようなかじ取りをしていくのだろうか。各社の責任者に話を聞いた。前編の記事はこちら。
セイコーエプソン(以下、エプソン)のインクジェットプリンタは、独自のマイクロピエゾ方式を採用し、これまでにもインクの吐出性能の高さや、インク選択肢の広さといった特徴を生かして写真画質などを追求し、家庭向けプリンタ市場をリードしてきた。
その次のステップとして同社が取り組んでいるのが、オフィスのセンターマシンとして、インクジェットプリンタを普及させることだ。2013年9月に登場した「PrecisionCore」は「マイクロピエゾの理想形」と位置づけ、これを搭載した複合機を商品化。2026年にはレーザープリンタの販売から撤退し、インクジェットプリンタでオフィス事業を推進する計画を打ち出している。
省エネと耐久性を両立するマイクロピエゾ方式は、レーザープリンタからの置き換えにも最適で、環境意識の高まりは同社にとって追い風だ。そして紙への印刷以外にも、マイクロピエゾ方式の採用は広がっている。
PrecisionCoreによって、これからのエプソンのインクジェットプリンタ事業はどう進化するのだろうか。同社の碓井稔取締役会長へのインタビュー後編では、30年の節目を迎えたマイクロピエゾの今と未来について語ってもらった。
―― 2023年はマイクロピエゾの登場から30周年にあたりますが、PrecisionCoreも10年の節目を迎えています。PrecisionCoreは、「MLChips」を進化させ、2007年に発表した「マイクロピエゾTF(Thin Film)ヘッド」を経て、完成したものですね。PrecisionCoreを開発した狙いは何だったのでしょうか。
碓井 1990年にスタートした「KHプロジェクト」(緊急ヘッドプロジェクト)では、「MACH」(マッハ)の開発を優先していましたが、PrecisionCoreにつながる技術開発は、1993年以降、研究開発部門を中心に着実に進めてきました。当社のプリンタは1990年代のフォトブームをけん引してきましたが、当時から次のステージに向けて、新たなヘッドの開発が必要だと考えていました。
ただ、180dpiのヘッドを新たに作ってもMACHと競合するだけですし、やるのならば、より理想的なピエゾを作り、MACHを超えるものをやりたいと思っていました。そこで、より大きなピエゾの変位量を出すことにフォーカスして材料開発をスタートし、2003年にはその目標を実現できる材料を開発することができました。
そのタイミングに合わせて、社内では「Pプロジェクト」(ピエゾプロジェクト)をスタートさせ、これが2007年のマイクロピエゾTFヘッドの発表につながっています。
当社はマイクロピエゾ方式として、MACHとMLChipsの2つのヘッドを持っています。MACHはノズルの密度が高く、高速モデルに展開できますがコストがやや高い。一方でMLChipsはノズル密度が低いものの、汎用(はんよう)商品への搭載に適しており、バブルジェットにも対抗できる価格帯の商品に搭載できるヘッドを目指しました。
当社の中ではMACHとMLChipsが競争的共存を行い、商品の特性にあわせて使い分けをしてきました。これに対して、PrecisionCoreは「究極のマイクロピエゾ」を目指し、性能およびコストの観点からも、MACHやMLChips、他社のサーマル方式をカバーすることを目指し、開発したものとなります。
MACHとMLChipsの弱点を補うマイクロピエゾの理想形が、PrecisionCoreです。MEMS加工技術や薄膜ピエゾテクノロジーなどを融合させ、印刷の高速化と高品質を両立するとともに、色再現性や効率性、適用範囲の広さ、環境面などにおいて優れた性能を発揮し、オフィスのセンターマシンとしての活用の他、商業および産業用プリンタの領域においても提案ができるようになりました。
ベースとなったマイクロピエゾTFヘッドに比べて、振動子の構造やインク流路の見直しなどを行い、小型化やコスト削減に向けた改良を進め、諏訪南事業所の生産ラインでは、最初は6型だったウェハサイズを、8型に拡大するなど、積極的な生産設備投資も行いました。
それまでインクジェットプリンタは、オフィス用途では信頼性や耐久性、スピードに課題があるとされてきましたが、PrecisionCoreによって、それを一変させることができたといえます。
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