エネルギー問題を助ける「水素」、燃料電池車に弱点はないのか小寺信良のEnergy Future(4/4 ページ)

» 2014年12月09日 07時00分 公開
[小寺信良,スマートジャパン]
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水素ステーションの現実

 最近のテレビコマーシャルでは、エネルギー企業のJX日鉱日石エネルギーが、ENEOSに水素ステーションを設置することをアピールしている。ENEOSだけではない。国やメーカーが協力して、2015年から水素ステーションの設置を本格的に進めることになっている。

 だが、現時点での具体的な設置計画は、いまだ41カ所にとどまる(トヨタのWebページ)。水素を充填できるポイントを大きく越えて、MIRAIは走れない。従ってユーザーも、水素ステーションのある地域にほぼ限られるだろう*3)。現時点では、関東(埼玉・千葉・東京・神奈川・山梨)とトヨタの地元である愛知、あとは関西エリア(滋賀・大阪・兵庫)、北九州エリア(山口・福岡)。日本海側はそれほど遠くないが、東北方面に遠出するには不便だ。

*3) トヨタは47都道府県全てにMIRAIを取り扱い販売店を置く。

 MIRAIでは、カーナビと連動する通信システムを使い、現在の位置から一番近い水素ステーション3カ所を表示するアプリ「水素ステーションリスト」を利用できる*4)。このアプリは水素ステーションの稼働状況も同時に分かる。燃料電池を搭載する量産車として最初の車であるがゆえに、安全面を考慮して燃料電池の状況を遠隔で監視するシステムも搭載。販売店から車両状況を確認できる体勢を整えるという。

*4) スマホアプリ「Pocket MIRAI」の提供も開始する。

 水素の販売単価には不安がなさそうだ。水素を製造し、水素ステーションを運営する岩谷産業は、1kgあたり1100円(税別)という価格を打ち出した(関連記事)。燃費を計算すると、ハイブリッド車と燃料に掛かる費用が同等だという。この価格はガソリン車よりも燃費のメリットを打ち出すためのもの。本来ならば2020年ごろの目標価格を前倒しする、戦略的な価格設定である。

 トヨタは、自ら水素ステーションの設置に乗り出すことはないとするが、何らかの形でインフラ整備についても協力していくという。現実には緊急時に備えて、水素タンクを積んだ移動式の供給トラックのようなものを相当数稼働させざるを得ないだろう。実際にハイブリッド車でも、普及まで10年かかっている。ハイブリッド車は普通のガソリンで動いたが、水素インフラの整備が必要なFCVでは、普及はさらに長期計画とならざるを得ない。

 それでもトヨタやホンダといった企業がFCVを商品化するのは、水素社会への転換をキックスタートするという意味合いが大きい。これまで燃料電池車普及の前提は、まず水素社会が登場してから、といわれてきた。例えば2030年というイメージである。だが水素を使うモノがなければ、水素インフラはいつまでも整備されない。まさに鶏と卵の関係である。そこにあえて車、しかも高級セダンという趣味性の高いモノを投入することで、身近な水素の使い道を切り開こうというわけである。

電気よりも水素が優れるのはどこか

 トヨタが環境問題を考える3つの柱は、「省エネルギー化」「燃料の多様化への対応」「エコカーは普及してこそ環境貢献」であるという。トヨタとしても、車が使うエネルギーは当面、石油が主力であろうと考えている。その上で、燃費をよくする仕事は引き続き突き詰めていく。

 その一方で、日本にとって石油は輸入に頼らざるを得ない高コストなエネルギーであり、石油が必要不可欠な産業に限って使うべきだと考える。よって車が石油一本ではなく、もっと多様な燃料に対応することで、石油からの「卒業」を目指しているわけだ。

 水素は、石油や天然ガスから作ることができる。産業分野でも副産物として発生する。例えばドイツではカセイソーダ(水酸化ナトリウム)の生成過程で発生する水素を、パイプラインを通じて販売している。さらにはバイオマスや汚泥からも生成可能で、もっと極端に言えば、水を電気分解すれば作り出すことができる。

 さらに水素には、貯蔵や運搬ができるというメリットがある。電気そのものと比べると、物質として扱えるためにハンドリングがよいわけだ。例えば電気が余っている時に、電気分解で水素を作って貯めておけば、結果的には電力を貯めておくことと同じだ。太陽光や風力といった自然エネルギーを利用した発電では、天候に大きく左右されてしまうが、水素に変えておけばその変動をならすことができる。

水素を使いこなすことができるのか

 一方で、われわれ一般消費者が水素を日常として扱う不安もついて回る。理科の実験で、水素は可燃性の気体だということを学んでいるからだ。あるいは福島第一原子力発電所で起こった水素爆発によって、建屋の屋根が吹き飛ぶという事故の記憶も生々しい。

 水素の扱いには用心すべきだが、どうすれば安全なのかも分かっている。水素が爆発するのは、空気に4%〜75%混ざったとき。この範囲外では問題ない。発火点は500度*5)。実はガソリンや軽油、灯油などよりも温度が高い。

*5) 可燃性の液体などに火炎が近づいたときに瞬間的に引火する温度を引火点という。発火点は火源がないときにも加熱の結果発火する最低温度。例えばディーゼル燃料油の発火点は225度。

 さらに高圧充填されたタンクに亀裂が入った場合でも、空気中に素早く拡散する。水素は最も軽い気体なので、上方に逃げていき、火が付く前になくなってしまう。または燃え始めた瞬間上昇して火が消えてしまうことが実験で証明されている。

 エネルギー源として水素を使うという発想は、ゼロ炭素社会の実現を目指す方法の1つとして始まった。使用時に二酸化炭素(CO2)排出がゼロであることが注目されたからだ。

 水素は日本に向いたエネルギーなのだろう。天然資源がほとんどない日本という国の事情から考えると、さまざまな手段でどこでも作ることができる。これが大きい。エネルギー源として需要が伸びれば、新しい産業が生まれ、雇用も増えるだろう。

 しかも自動車産業の頑張りのおかげで、小型・高効率の燃料電池の実用化では、日本が先陣を切った。国際競争力の向上も期待できる。燃料電池自動車の登場は、水素社会への転換の礎となる可能性は十分にある。

 もちろん課題はまだまだ多い、というか何も始まっていないというのが現実だ。社会が大きく転換できる期待の技術として、注目しておく必要がある。

筆者紹介

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小寺信良(こでら のぶよし)

映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手掛けたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

Twitterアカウントは@Nob_Kodera

近著:「USTREAMがメディアを変える」(ちくま新書)


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