アミバとラオウの言葉に日々打たれて世紀末覇者を目指す手帳が登場。果たしてモチベーションアップにつながるのか?
2009年の『シャア専用手帳2010』の記憶も新しいPHP研究所の手帳。2010年は人気マンガ『北斗の拳』のキャラクターが登場した。それが『世紀末覇者手帳2011』『アミバ天才手帳2011』だ。双方とも北斗の拳におけるキャラの立った敵役である。
シャア専用手帳だけを見ていると単なるキャラクターものに思えるこの種の手帳。一見ブームに乗っただけにも思えるが、実はそうではない。
2009年の「ドアラ手帳」は多少毛色が違うが、カリスマキャラクターを中心に据える点で実は2004年以降の手帳トレンドに沿った正統派だといえる。さっそく手帳としての構成を見ていこう。
サイズとスケジュール欄は2冊とも、昨年のシャア専用手帳に引き続きA6サイズ。そしてスケジュール欄は、月間ブロック+週間レフト式である。すでに同社のキャラクターもの手帳のフォーマットとして完成しているのだろう。
しかしその中身はシャア専用手帳以上に個性的だ。2冊の手帳のモチーフは、拳王ことラオウ、そしてアミバである。核戦争後の世紀末199X年の世界を描く北斗の拳には、あくの強いキャラクターが続々と登場するが、その中でも飛び抜けて強烈な個性を持つのがこの2人なのだ。
表紙に巻かれたオビも印象的だ。曰く「わが1年に一片の悔いなし!!」(世紀末覇者手帳2011)「アミバの手帳があなたの潜在能力を呼び覚ます」(アミバ天才手帳)。テーマキャラクターの哲学を中心に据えたこのノリが全編を貫いている。
手帳巻頭には、使い方や北斗の拳の作品世界における各キャラクターのセリフや哲学を豊富な図版を使って解説している。読み物としても充実したページだ。
基本的な使い方はとてもシンプルだ。週間スケジュールの左の各ページにある。「____撃破! きさまごときの拳がこの拳王に通用すると思ったか」(世紀末覇者手帳)「おれはどんな____でもだれよりも早く習得することができた天才だ!!」(アミバ天才手帳)という台詞の空欄に、週の目標を記入、モチベーションを高めるというやり方である。
左ページに大きなメモスペースがあるのが、レフト式手帳の特徴だが、この2冊にはその原則は当てはまらない。ここには、ラオウやアミバの“ご尊顔”イラストがセリフやオノマトペとともに大きくあしらわれ、それはページの3分の1、場合によっては半分以上を占めている。まさに「力強いラオウのビジュアルが毎日の緊張感を生む」(世紀末覇者手帳2011のオビ文言)のである。
それがマンガでも映画でも、また小説でもいいのだが、少年期特有の根拠のない全能感は、物語世界に没入し感情移入することで増幅される。そもそも物語を読むことの楽しみは、架空の世界に入り込んで自分の力を仮想的に拡張することでそれを味わうところにもある。
そして、この2冊の手帳は、コミック雑誌をむさぼり読んでいた時期のそういう“根拠なき全能感”を思い出させてくれる。その意味で、モチベーションの向上には一定の効き目があるかもしれない。ただ、ラオウはまだしも、模倣や擬態によって強さを装っていたアミバである。こうした“全能感”が付け焼き刃なものであり、一定以上の効果を持たないことをもこの手帳が示唆しているように感じるのは筆者の考えすぎだろうか。
以前、筆者が提唱する“神社系手帳”について触れた。有名人プロデュースの手帳には、偉人をまつった神社と同じような「あやかり文化」の構造があるという指摘である。ビジネスの上で功成り名を遂げた経営者が自らの名を冠した手帳を発売している。それは、戦功を上げた武士をまつった神社によく似ている。
その意味では、キャラクターが架空である点を除けば、ラオウやアミバを有名人の位置に据えて、各ページに記された言葉(=セリフ)を励みに目標や夢の実現達成を目指すスタイルは、構造としては有名人プロデュースの手帳にそっくりだ――と言えば、牽強付会(けんきょうふかい)だろうか。少なくともアミバはともかく、ラオウは覇者たらんとしている。これはビジネスマンが自らのビジネス上の成果を上げることになぞらえられるだろう。
それはまた、この2冊の手帳が、北斗の拳の主人公たるケンシロウをモチーフとしていないことの理由でもあるだろう。ケンシロウは、拳の世界ではともかく、人類の世界の覇者たろうとはしていなかったからである。
ともあれラオウとアミバの2冊の手帳を本気で使えば、あなたも覇者や天才になれるかもしれない。あたたたたた!
アスキー勤務を経て独立。手帳やPCに関する豊富な知識を生かし、執筆・講演活動を行う。手帳オフ会や「手帳の学校」も主宰。主な著書に『手帳進化論』(PHP研究所)『くらべて選ぶ手帳の図鑑』(えい出版社)『システム手帳新入門!』(岩波書店)『システム手帳の極意』(技術評論社)『パソコンでムダに忙しくならない50の方法』(岩波書店)など。
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