なぜか心に残ったコロンビア館挑戦者たちの履歴書(78)

編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、ジュニパーネットワークス社長の細井洋一氏の高校入学までを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。

» 2011年01月26日 12時00分 公開
[吉村哲樹,@IT]

 高校1年の夏、細井氏は後の人生に大きな影響を与えることになるイベントに遭遇する。それが、大阪で開催された日本万博博覧会(大阪万博)である。

 ときは1970年、日本は高度成長期の真っ只中にあった。その6年前に開催された東京オリンピックと並び、日本の戦後復興と経済成長のシンボルとして位置付けられた大阪万博は、まさに国家の威信を賭けた一大イベントだった。年配の読者の中には、これをリアルタイムで体験した方も多いかと思うが、若い読者にとっては『20世紀少年』の舞台としての方がなじみが深いかもしれない。

 細井氏の父親が勤めるNHKの保養所が兵庫県六甲山にあり、たまたま部屋に空きが出た。細井少年は1週間学校を休み、この保養所に宿をとって大阪万博に通った。この経験は、下町のやんちゃ高校生にとって極めて大きなカルチャーショックだったようだ。

 「子どもながらに、『ズン』と来るものがありましたね。『ああ、世界にはこんなに国がたくさんあるのか』や『国際的っていうのは、こういうことなのか』と。世界がパッと開けた気がしましたね。当時僕は野球部にいたんだけど、もう『巨人の星』みたいなことをやってる場合じゃないなと思って、野球も辞めちゃいました」

 後に国際的な舞台で活動することになる細井氏だが、同氏が持つ国際感覚の源はこのときの原体験にあったのかもしれない。ちなみにこのとき、「比較的空いているから」という理由でふらりと立ち寄ったのが、南米コロンビアのパビリオンだった。

 「ふーん、南米の文化とはこういうものなのか……」。このときの印象を、細井氏は今でもはっきり覚えているという。そして面白いことに、後に同氏はコロンビアという国と極めて深い関係を結ぶことになるのだ。そのいきさつは、後の回でおいおい紹介していく。

 さて、3年生への進級を目前に控え、誰もが進学や就職について真剣に考え始める時期がやってきた。そして、細井氏は理系進学クラスを志望する。理系科目が得意だったのだろうか?

 「志望校は文系だったんです。当時の僕は、憧れの加山雄三と同じように慶応大学でスキーをやることしか頭になかったんだけど、慶応の文系学科はどこも数学が試験科目の中に入ってたんです。そこで、『数学をまじめに勉強しないと慶応には受からないな』と思い、理系クラスに入ったんです。でも、失敗したなあ」

 失敗したとは、一体どういうことだろうか?

 「高校は共学だったんだけど、理系クラスは男子ばっかりで女子生徒がいない! これは失敗したと思ったなあ」

 なるほど。確かに思春期の男子高校生にとっては、これは大変がっかりする事態に違いない。ちなみに、やんちゃ学生だった細井氏のこと、恋愛に関しても相当積極的だったのではないかと水を向けてみると、

 「いやいや、とんでもない! 当時の僕はスキー一筋で硬派でしたから。そういうのは一切なかったですね」

 本当のところは定かではないが……。でも、もし細井氏本人の言う通りだとしたら、それほど慶応大学とスキーへの思い入れが強かったということなのだろう。

 こうして迎えた大学受験。志望先は慶応大学の経済学部、法学部、そして商学部の文系3学科のみに絞った。結果はというと、見事法学部に合格。晴れて、憧れの慶大生となった。入学した法学部は、くしくも加山雄三が通ったのと同じ学部である。しかし、目的はあくまでもスキー。法律の勉強ではなかった。

 「別に、弁護士になりたくて法学部に行ったわけじゃないんですよ。スキーをやりたくて行ったんです。そんな心構えなものですから、初めて出た講義ですっかり打ちのめされてしまいましたね!」

 忘れもしない、初めて出た大学の講義『憲法I』。その内容のあまりの専門性の高さに、「これはダメだ、ついていけない。これは俺の住む世界じゃない!」と、早々に勉学の世界から自ら身を引いてしまったという。

 「早速、代わりにノートをとってくれる学生や、代返してくれる学生を探しましたね!」

 こんな調子で、細井青年の大学生活は幕を開けた。


 この続きは、1月28日(金)に掲載予定です。お楽しみに!

著者紹介

▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)

早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。

その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。


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