編集部から:本連載では、IT業界にさまざまな形で携わる魅力的な人物を1人ずつ取り上げ、本人の口から直接語られたいままでのターニングポイントを何回かに分けて紹介していく。前回までは、ジュニパーネットワークス社長の細井洋一氏がサン・エクスプレスに転職するまでを取り上げた。今回、初めて読む方は、ぜひ最初から読み直してほしい。
サン・エクスプレスの消滅と時期を合わせるようにして、当時独自のビジネスモデルで台頭しつつあったPCメーカー、デルからのオファーを受けた細井氏。デルへの転職を、ほぼ決めかけていたそのとき、当時サン・マイクロシステムズ(以下、サン)日本法人の社長を務めていたジェイ・ピューリー氏から声を掛けられる。
「今、ワールドワイドでエンタープライズ向けサーバ製品の販売を強化しているんだが、日本市場だけがなかなかうまくいっていない。サンに残って、サーバ製品のプロモーションを担当してくれないか?」
当時、サン日本法人の主力製品はサーバではなく、ワークステーションだった。パートナー企業を経由した間接販売に大きく依存していた当時のサン日本法人にとって、パートナー企業のサーバ製品と競合することになる自社サーバ製品を販売することは、ビジネス上のリスクが大きかったのだ。
「『私はサーバなんて売ったことありませんよ!』と言ったんだけど、どうもそれが逆に良かったみたいでね。パートナービジネスにどっぷり浸かっていると、どうしてもパートナーに遠慮してサーバを売りにくくなるけど、ずっとサービスビジネスをやってきた僕には、そういうしがらみは全然ないですからね」
そしてもう1つ、サン残留を決めた理由があった。実際にサンのサーバ製品を見たとき、細井氏は直感的に「これは売れる!」と感じたそうだ。
「当時のサンの主力サーバ製品『Starfire』の実物を一目見たとき、『これは売れそうな形をしている』と感じたんです! 結局、その直感を信じてサンに残ることにしました」
製品の「見た目」を基に自らの進路を決めるとは、大胆というか何というか……。とにもかくにも、細井氏は1997年8月より、サン日本法人のマーケティング担当役員としてサーバ製品の拡販に取り組むことになる。
しかし、当時のサン日本法人の主力製品は、前述の通りワークステーション。社内でサーバ製品を担当する部隊は、日陰の存在に追いやられていた。しかし、彼らは「サンのサーバ製品はアーキテクチャ的にも優れている。本当はもっと売れるはずだ!」という強い信念をひそかに抱き続けていたのだ。ワークステーション部隊が帰宅した後、細井氏のオフィスに大挙して押し掛けては、サーバ製品の販売戦略について夜中まで熱く議論を交わした。
細井氏も彼らの熱い思いに応えるために、日本法人の上層部や米国本社と掛け合い、多額のプロモーション予算を確保して大々的にサーバ製品の拡販キャンペーンを打った。日経新聞の見開き広告を5日間連続で掲載したり、電車広告ジャックも行った。
「まずは、エンドユーザーとパートナー企業に、サンのサーバ製品についてよく知ってもらおうと思った。でも、それと同時にサン日本法人の社員に対しても、『これから日本でもサーバビジネスを推進していくんだ!』ということを高らかに宣言することによって、自信を与えることもできたと思います。この効果が実は大きかった」
折りしも当時は、インターネットブームが立ち上がりつつある時期だった。マイクロソフトのWindows 95を搭載したPCが飛ぶように売れ、一般ユーザーでもPCのWebブラウザからインターネットに手軽にアクセスできるようになった。このインターネットブームに後押しされる形で、Webサーバ用途にちょうどマッチするサンのサーバ製品は、急速に売り上げを伸ばしていった。
「サンが標榜する“The Network is the Computer”という理念に、時代が追い付いたのだと思います」
当時の状況を振り返って、細井氏はそう述べる。さらに当時のサンのサーバ製品は、IBMのメインフレーム製品や、マイクロソフトのWindows NTのシェアもどんどん侵食していった。
「当時、スコット・マクネリやエリック・シュミットが『オープン対プロプライエタリ』という機軸を設定して、サンの製品や技術が持つオープン性の優位性を訴求したのが、当たったんだと思います。当時は、IBMとマイクロソフトという業界の2大企業の双方から、相当嫌われていたことでしょう!」
サーバ製品の売り上げ伸長と歩調を合わせるようにして、サン日本法人の規模も急速に拡大していった。2001年には、年間売上高2000億円、従業員2000人の規模にまで達したという。その間、細井氏は社内にプロダクトセールス部門を新設、販売戦略だけでなく製品の売り上げにも責任を持つ組織で、サーバビジネスのさらなる強化を図った。
「こういう製品は、どこにどういうタイミングで、どういう価格で、どのチャネルで出せばいいのか。そういった戦略を日々検討するのが、本当に面白かったですね」
この続きは、2月25日(金)に掲載予定です。お楽しみに!
▼著者名 吉村 哲樹(よしむら てつき)
早稲田大学政治経済学部卒業後、メーカー系システムインテグレーターにてソフトウェア開発に従事。
その後、外資系ソフトウェアベンダでコンサルタント、IT系Webメディアで編集者を務めた後、現在はフリーライターとして活動中。
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