One-to-Oneの起源eマーケティングの現場から技術者向けの、eマーケティングTIPS(5)

» 2012年10月18日 07時05分 公開
[水島久光,株式会社 インフォシーク]

 One-to-Oneマーケティングという言葉がある。よくよく考えると矛盾をはらんだ言葉である。そもそも、マーケティングとは一定規模の市場を前提とした合理性の概念、つまり、「十把ひとからげ」としてとらえることで、まとめていろんなことができるようになるといった効用をその神髄としている。ところが、「One-to-One」である。1対1で行う市場行為とは、いったいなんなのだろうか。

 ECの普及に伴い、よく耳にするようになったこの言葉だが、実はその歴史は古い。一般にはITが前提となって成立するようになった新しい手法と思われているようだが、概念としては1980年代前半がその起源ではないだろうか(とはいうものの、1980年代に始まったものを「古い」と形容すること自体、近年のマーケティング環境変化のスピードにぞっとするが)。

 その背景には、高度経済成長を支えていた大量生産、大量消費を前提としたマス・マーケティング一辺倒では消費者の動向をえにくくなったという悩みがあった。それにしても、なぜ、かくも自然に「まとめてとらえられないのであれば、より細分化して」と、いう方向に思考を転換することができたのだろうか?

 いま思うに、1980年代前半はバブルに向かっている時期であった。つまり細分化を志向しても、消費市場全体が急激に拡大していたため、個別のニーズとはいっても十分な規模があった……そう、ここでのOne-to-Oneは決して「個別の客」に対する商行為を指すのではなく、あくまで一定規模の「群」を成すいくつかのニーズ(分割されてはいるが一定の規模を持った)を対象とした経済行為であったのだ。

 当時、One-to-Oneの概念の構築は進んだが、実践するとなると結構ハードルが高かった。大量消費社会は、幾重もの中間マーケットを媒介とすることで規模を獲得してきたので、消費者との距離がずいぶんと開いてしまっていたのだ。そのうえ、遠くにいる消費者のニーズを「群」に分類するためのインフラがなかったのである。

 「顧客をつかむことができない」というフラストレーションには、アプローチ手法を持たないという側面と、幅広くかつ継続的な顧客データの蓄積をすることが困難であるという2つの側面がある。1980年代において、One-to-Oneという言葉よりポピュラーであった「ダイレクト・マーケティング」という概念は、このフラストレーションをそのまま表した言葉であり、マーケティングの本質を考えるとなんとも皮肉な言葉である。

 このことを思い出すと、今日One-to-Oneマーケティングという言葉が復活してきた(僕にはそう聞こえる)意味がよく分かる。ただ単に、技術的にこのハードルを乗り越えることが可能になったということなのだ。いまやインターネットを通じて、個々の顧客にアプローチすることはさほど難しくないし、継続的に蓄積できる大量のデータを分析すれば、顧客ごとに適切なオペレーションを施すことも可能である。

 しかし、僕らがやろうとしていることは、あくまで“マーケティング”だという原点が忘れ去られてはいないだろうか。かつて(1980年代)に比べ、驚くほどにシュリンクした消費者の購買意欲がさらに細かく分割されているいま、合理性を支えられるだけの経済規模はそこに成立するのだろうか。

 One-to-Oneは実際、購買促進に関わる戦略としては、コストがかかりすぎる。だとすると、One-to-Oneは機能しないのか? いや、そうではない。One-to-Oneは、1顧客あたりのライフ・タイム・バリュー(生涯購買金額)を高めるための手法であり、そうすることによって経済規模の獲得を可能にするのだ。One-to-Oneは、そうした顧客戦略とペアになってこそ、その真価を発揮するれっきとしたマーケティングの概念である。

Profile

水島 久光(みずしま ひさみつ)

株式会社 インフォシーク 編成部長

mizu@infoseek.co.jp

1984年慶応義塾大学経済学部卒業後、旭通信社にて、ダイレクト・マーケティングを手がける。1996年にはインターネット広告レップ「デジタルアドバタイジングコンソーシアム」の設立に参加し、インターネット・マーケティングに関する多くのプロジェクトに携わる。そのうちの1つ、情報検索サービス「インフォシーク」の日本法人設立準備にあわせて旭通信社を1998年10月に退社し、「インフォシーク」を運営していたデジタルガレージに入社。1999年6月、インフォシークの設立後、現職に着任。現在、日本広告主協会傘下のWEB広告研究会広告調査部会幹事も務めている。日経BP社『ネット広告ソリューション』インプレス『企業ホームページハンドブック』(いずれも共著)。


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