これまでのバックナンバー一覧
第1回 「デザインは生活を変えられる」――日立Priusシリーズの挑戦
第3回 「これでいい」より、「これがいい」――NECデザインの意気込み
第4回 ThinkPadは“黒いBento Box”である(前編)――ThinkPadのデザイン思想
インタビュー前編では、リチャード・サッパー氏とのコラボレーションやThinkPadの基本コンセプトをまとめたが、後編ではThinkPadの代名詞である“黒”へのこだわりを中心に聞いた。
ThinkPadをイメージするときに思い浮かぶ“黒い四角い箱”を決定付ける大きな要素が、ソフト・ブラック・フィニッシュを持つ“黒”にある。もちろん、歴代ThinkPadにもいくつか黒ではないモデルもあったし、黒という中でも微妙にその表現を変えてきた。しかし、ThinkPadの色の根幹は何と言っても黒なのである。その黒を象徴するのがソフト・ブラック・フィニッシュだ。
高橋 リチャード・サッパーは、よくThinkPadに“エレガント”という言葉を使います。日本語ではエレガントというと、女性的なたおやかな感じを想像しがちですが、英語本来の意味するところは、上質な、洗練されたという意味です。ThinkPadは基本的にビジネスツールなのですが、やはりその中に洗練されたものを表現したいということなんですね。ThinkPadを持っているとユーザーがうれしくなる、ThinkPadを欲しいと思うようなという意味合いも含めて上質な商品にしたいという考えです。“黒はビジネス”という見方がかなり強いのですが、特に最近ではThinkPadのターゲットがビジネスに特化していますから、そういう意味ではビジネスにおいてエレガントな商品にしたいという思いがありますね。
レノボのPCの中で、ThinkPadの位置付けは基本的にビジネスユースだ。これは日本IBM時代から変わっていない。ビジネスツールとしての適切な色を考えたときに、ThinkPadのデザイングループが出した答えが黒だった。もちろん、必ずしも黒でなければならないわけではなく、もし複数のカラーバリエーションが作れるのであれば、デザイナーとしては黒以外のオプションがあってもいいという。しかし、実際にその多くが大口ビジネス顧客向けに販売されるThinkPadの販売方法を踏まえると、カラーバリエーションというのは現実的ではない。
2005年に発売されたThinkPad Zシリーズにはチタニウム・シルバーのトップカバーを備えたモデルを用意しているが、世界的に展開すること、量産ということを総合的に考え、ThinkPadに1色選ぶとしたらやはり黒が1番よかったというわけだ。
高橋 ビジネスツールで1番プレミアムな意味合いを含めるとすると、やはり黒だろうなというのは、潜在的に思っていたかもしれませんね。プロの道具というのは黒ではなかろうかと。カメラだってそうだし、黒のものには比較的そういうものが多いですよね。
高橋 我々は今、ThinkPadを赤くしたり、黄色くしたり、白くしたいとは思っていませんが、ただいつも同じでありたいという風に思っているわけでもありません。黒、この中でなんとか、違った新しい黒ができないかというのをいつも探しているというところはあります。
事実、ThinkPadの“黒”の表現もモデルによって異なっており、中には黒ではなくやや銀色に近かった時期も過去何度かあった。中でも記憶に残っているのが、2000年に登場した「ThinkPad iシリーズ」が纏ったシルバーブラックだ。その当時はいわゆる“銀パソ”全盛で、当時のIBMでもコンシューマー寄りの製品を出そうとしていた。そのときにビジネスツールとの一線を画するためによりシルバーに近い色を採用したのだという。
高橋 あのときはいろんな議論をしました。でも最終的にはコーポレート(米IBM)のほうからの意見で決まりましたね。あのころは、大和の上位にラーレイがあって、そしてその上にコーポレートがあったんですね。iシリーズはコンシューマー向けということもあり、これまでとはかなり違う提案として、最終的に製品になった色よりももっと黒から離れた印象のものを検討していたのですが、やはりiシリーズもThinkPadで、ThinkPadと名乗る以上その色はないだろうとコーポレートから指摘されました。結局、黒に近い色に戻されて、あのような色になったんですね。「これが銀色?」「ちょっと半端じゃない?」という感じもありましたけどね。
しかし、一口に黒といっても、実はそこには作り手側から見るとよい面・悪い面があり、さらに作るうえではかなり難しいのだという。ThinkPadの黒には、塗装してあるものと塗装してないものが存在するが、塗装してない成型色の黒の場合には、成型のアラが目立ちやすい。それを軽減するためには、表面処理を変えたりする必要がある。しかし、例えば表面のシボを少し荒くして光らせるとアラは目立たなくなるが、見た目が安っぽくなってしまう。その反対で表面のシボの目を細かくすると、キズが付きやすいうえに白っぽく、グレイに見えてしまう。同じように塗装の黒でも、やはりツヤを落とそうとするとやはり白っぽくなる。そういうことから、黒というのはデザインするうえでどこに着地させるのかがかなり難しいのだという。
高橋 IBMのころには色数は少ないのですが基本カラーパレットがあって6段階くらいのグレースケール色がありました。このうち“IBMの黒”は「レーベンブラック」という色でした。これは本当に真っ黒だったんです。しかしこのカラーチップだけほかの色のものと材料が違うんですよ。なんでこれだけ違うのかというと、その素材でないと出ない黒だったんですね。でも、この材料をいつも製品に使えるわけではなく、強度や成型性などの制約から実際に使える材料を使うと真っ黒にならないんですね。そのため、とにかく黒さを表現するのにとても苦労しましたね。
ThinkPadが登場する以前のOA機器の色といえば、白に近いベージュのものばかりでした。その理由の1つにDINスタンダード(ドイツ工業規格:Deutsches Institut fur Normung e.V.、DINをクリアしていない製品はドイツの官公庁に納めることができない)に準拠するという目的があったと思います。しかし、ノートPCであるThinkPadは持って歩くものだし、もっと個人に近いものだし、オフィス機器みたいなものを持って歩きたくないよ、という感覚が当時からデザイナーにはあったと思います。ThinkPadが始まったころには、そういう議論はすごく多かったですね。
こうして最初に黒を選択し、その後一貫して黒を纏ってきたThinkPadシリーズ。結果として、黒はThinkPadのアイデンティティとなった。今となっては、黒い四角いノートPCはThinkPadというイメージが定着しているため、その点でももはやこれを変える理由がない。もし仮にほかのメーカーが同じセグメントのものを出そうとしたときに、間違いなく黒は出しにくいはずだ。
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