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» 2014年12月31日 00時00分 UPDATE

本田雅一のクロスオーバーデジタル:2014年のPC/スマートデバイス動向を冷静に振り返る (1/3)

iPadの登場から4年半あまり。すっかりタブレットは一般化し、昨今はスマートフォンとの境界が曖昧になりつつある。こうした流れにMicrosoftは最適な対応ができず、WindowsとPCの停滞を招いたことは否めない。しかし、2014年は目に見える変化が現れてきた。

[本田雅一,ITmedia]

年末恒例企画の「タブレット振り返り」だったが……

 本連載の年末恒例企画として、昨年と一昨年は「その年のタブレットを振り返る」というテーマでコラムを執筆してきた。しかし今年は編集部から「2014年の“PCとスマートデバイスをまとめて振り返る”というテーマでどうでしょう?」と打診が来た。このテーマを変更した原稿依頼そのものが、今年のタブレット端末の状況を示しているのかもしれない。

 日本市場においてタブレットが急に売れなくなったとか、まったく伸びていないという話ではない。欧米、とりわけ米国市場では必要な人に行き渡った印象はあるが、日本はそこまで爆発的にタブレットの利用が進まなかった。その理由は諸説あるも、いまだによく分からない。

 一方でスマートフォンの大型化によるタブレットとのクロスオーバー、小型Windowsタブレットの充実、低価格Androidタブレットがこなれてきたことなど、「タブレットとはこういう製品である」といったカテゴリの分類そのものが、危ういものになってきた。

 どのタブレットも主要な目的を達するための機能や性能による差が大きいと言うよりは、「ユーザー体験」の質が大きく異なるのに、すべてを同じタブレットという分野でくくるのは難しく、利用者の裾野が広がることを阻害するかもしれない。例えば、iPad、Windowsタブレット、Androidタブレットの3つを厳密に見ると、同じジャンルの製品としては捉えられないのだ。

tm_1412_pcsd_01.jpgtm_1412_pcsd_02.jpg 2014年に登場したAppleの「iPad mini 3」と「iPad Air 2」(写真=左)、MicrosoftのWindowsタブレット(2in1とも言える)「Surface Pro 3」(写真=右)。しかし、これらの製品はユーザー体験が異なり、ひとくちにタブレットとして捉えて語ると、かえって誤解を招く恐れもあるだろう

 本誌(ITmedia PC USER)の1つの役割が、パーソナルなコンピュータを購入したい消費者が、新たに購入したいコンピュータ製品を選ぶためのヒントを提供することとするならば、これらを「タブレット」「PC」「スマホ」と単純に分類するのではなく、ユーザー体験ベースでジャンルレスに製品トレンドを捉える必要も出てくる。

 そんなことを考えつつ、2014年のPCとスマートデバイスを振り返ってみたい。

実用品と嗜好品の狭間であえいでいたWindows

 スマートフォンとタブレットの急速な一般化の中で、(従来からのパーソナルコンピュータという意味での)PCはその存在感を失ってきた……というのが、ここ数年で語られる定番のストーリーだった。しかしこの論旨には以前から疑問がある。スマートフォンもタブレットも、それぞれに便利な道具ではあるが、PCが持つ本質的な価値を代替するものではないからだ。

 PCの価値とは、やや大げさに言うならば、人間がその知性によって発揮する創造性、何かを達成するためのアイデアを、より高めるための万能性の高い道具だと思う。もちろん、スマートフォンやタブレットを、そうした目的で簡易的に使うことも可能だし、創造性をサポートするためのアプリも作ることは可能だろう。しかし、スマートデバイスは基本的にアプリケーションサービスを享受する、受け身で使う機器だ。

 かつてのPCはインターネット文化の最先端を切り開いてきたデバイスとして、最新のコンテンツ、最新のサービスを最良の状態で受けられるという価値を提供し、利用者もそれを支持してきた。

 ところがインターネットを通じたサービスコミュニティの規模が大きくなり、スマートデバイスによって手軽にサービスへの窓を持てるようになると、使いこなしが必要な道具よりも、受け身で使えるスマートデバイスへと気持ちが傾く人が増えた。これがスマートフォン、タブレットが登場してから、コンシューマー市場でのPCがダメになると言われてきた本質なのだと思う。

 しかし、「PCという道具」を使いこなしてきた世代に関して言えば、スマートデバイスが流行して以降も道具としてのPCを重視していたり、一度、PCから離れた人でも結局、道具としてのPCに回帰している例も少なくないのではないだろうか。むしろ問題は世代間のギャップにある。

 例えば「若年層のPC離れ」といった数字がいくつも出てきているが、今どきは小学校からPC教育が導入されており、学習の現場でもPCは不可欠なものだ。もちろん就職してからも、PCを道具として使う職業は多い。

 有効な統計数値を持ち合わせていないが、「PCを使う」という原体験がスマートデバイスの流行後に減っているわけではない……と思うのだ。しかし、「嗜好(しこう)品、あるいは趣味の道具として使われるPC」に触れる機会は、どんどん減っているだろう。

 彼らにとっては、スマートデバイスがネットコミュニティやデジタルコンテンツとの接点として、ライフスタイルに寄り添うようにして存在している。その一方で、PCは学習のため、リポート作成のため、あるいは何かの作業を完遂させるための道具になっている。嗜好品として、趣味の道具としてPCを楽しんでいなければ、スマートデバイスとPCのいずれもが「ライフスタイルを彩るコンピュータ」と訴求しても、必然的に後者への注目は後退してしまう。

 では、もっと趣味としてのPCを盛り上げられないかと考えたとしても、そもそもPCの成り立ちが「エンターテインメント」とは真逆から来ている。その後、PCのパフォーマンスが向上すると、その柔軟性やインターネットとの接続性が生かされ、新たなエンターテインメントが生まれる発信源にはなっていたが、PCという商品そのものは「大多数の受け身の消費者」には向いていない。それに、PCという産業全体を支えているのが、企業システムとそこにつながる多くの仕事用PCであることは明らかだ。

 前振りが長くなったが、ここに至って「iPad」の登場によって起きた世界的タブレットブームが落ち着き始めているのに、さほどPCが巻き返すことができなかった理由は、実用品であり企業システムの一部でもあるPCのプラットフォームを支えるWindowsと、スマートデバイスへとその目が向いてしまったコンシューマーの狭間(はざま)で、適切な対応を取り切れていなかったMicrosoftの影響が大きかっただろう。

 しかし2014年、Microsoftは米国本社の経営者交代とともに「変われる」ことを示した。よい結果がこの後に待っていると断言するのは時期尚早だが、iPad登場以降の迷走は止まったと思う。

tm_1412_pcsd_03.jpg 2010年4月に米国で、5月に日本で発売された初代「iPad」。ここから世界的なタブレットブームが始まり、Microsoftは苦難の道を歩むことになる
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