疑惑が晴れた「将棋のソフト不正問題」と将棋連盟に対して望むこと

» 2016年12月28日 17時46分 公開
[杉本吏ITmedia]

 2016年12月26日と27日は、将棋界の今後を左右するような劇的な2日間となった。棋士の三浦弘行九段が、対局中に将棋ソフトによる不正を行ったとされる問題に関して、3つの重要な記者会見が立て続けに行われたからだ。

「シロ」だが「処分は妥当」という報告書

 1つ目は、26日の第三者調査委員会による会見だ。ここでは、(1)三浦九段が「不正行為に及んでいたと認めるに足りる証拠はない」ということと、(2)将棋連盟が下した三浦九段の年内の出場停止処分が「当時の判断としてはやむを得なかった」という結論の報告がされた。

第三者調査委員会による記者会見の様子(ニコニコ生放送「日本将棋連盟第三者調査委員会記者会見」より

 (1)の理由としては、当初不正の根拠とされた対局時の長時間離席が「そもそもなかった」ことや、ソフトとの指し手一致率は「計測方法などによって大きなばらつきがあり、統計的な確からしさに欠ける」(三浦九段以上に一致率が高い棋士も多く見つかった)ことなどを挙げた。

 会見中の質疑応答では「限りなくシロに近いグレーということか?」という記者からの質問も出たが、「過去の出来事に対して『完全にシロ』と言い切ることは“悪魔の証明”であり不可能」「不正の根拠とされる事項を1つずつつぶしていき、どれも根拠足り得ないという結論に至ったということ」と但木敬一委員長は説明した。

 (2)の連盟による処分の妥当性については、竜王戦七番勝負を3日後にひかえた緊急性の高さや、将棋界全体の混乱を避けるために仕方のない措置だったという報告だった。

三浦九段と連盟側の言い分

 「三浦九段はシロ」だが「出場停止処分は妥当」という三浦九段と将棋連盟の双方に配慮したような結論に、業界関係者やファンからは疑問の声が多く上がった。一部のプロ棋士からも「三浦さんが白だと認められたことはホッとしました。しかし、今回の処分がやむを得なかった、という結論には納得できません」(上野裕和五段)といった反応があった。

 翌27日15時半から行われた三浦九段による会見では、まさにこの部分が争点となった。三浦九段と同席した横張清威弁護士は、「本件出場停止処分の妥当性について、やむを得なかったものであると判断していることは、将棋連盟に寄り添ったものであり、極めて不当」とし、調査委員会の発表内容について個々に反論した上で「妥当性は微塵も認められない」と語った。

記者会見での三浦弘行九段(中央)、同席した横張清威弁護士(右)、師匠の西村一義九段(左)

 その後、同日17時から行われた将棋連盟の会見では、三浦九段への謝罪と経緯説明が行われ、「不戦敗となっていたA級順位戦で特別措置を取り、来季も三浦九段はA級の地位を保持すること(ただし順位は最下位の扱い)」「将棋連盟理事の3カ月の減給処分」などを発表した。

 以上がこの2日間に起きたことだ。そして以下は一将棋ファンとして、専門誌ではない場所(主に「ITmedia」や「ねとらぼ」上)で将棋の現場を取材し、記事を書いてきた筆者の主観を多分に交えた内容になる。

「週刊文春」でしか情報を得られないファンたち

 先に書いた通り、第三者調査委員会は「白か黒か」と「出場停止処分の妥当性」について調べた。しかしもう1つ、将棋連盟が振り返って検証しなければならないことがあると感じている。それは「処分を下してから27日の会見までの、連盟側の一連の対応について」だ。

 27日の連盟による記者会見では、三浦九段への事情聴取からたった1日で出場停止処分に踏み切った理由として、「既に週刊誌(週刊文春や週刊新潮のことと思われる)に問題を握られており、連盟側が何らかの手を打つ前に告発記事が出ることをなんとしても避ける必要があった」ことが繰り返し語られた。

 今ブログとかTwitterとかで、「どうしてシロなのに処分がやむを得なかったのか」というブログが非常に多いことに気が付きましたけれども、これはただ三浦九段が黒か白かという問題ではなくて、その時点でもう既に週刊誌に『疑惑の挑戦者』のような、特に始まってからそういう記事が出るということが確実ということが対局の3日前に判明しましたので、これはどんなことがあってもこれだけは避けなければいけないということで、主催者さまと話をさせていただいて。

(中略)

 その時点ではもう既に、挑戦者を変えるか、そのままやって週刊誌の……言い方は悪いですけど……袋だたきにあうか、主催者様に迷惑を掛けるか、竜王戦を延期していただくか、この3つの中の1つの選択であったということを、われわれとしてはその中で1つを選んだという風なことであります。(青野照市九段/将棋連盟専務理事 12月27日将棋連盟記者会見)

 週刊誌に先に情報を出されてしまうのを避けたいこと自体は分かる(それが出場停止につながるかどうかは別問題だが)。連盟は事情聴取翌日の10月12日に連盟公式Webサイトに「第29期竜王戦七番勝負挑戦者の変更について」と題した文章を公開し、同日記者会見を開いて事の経緯を報告した。

 しかしその後、何日経過しても続報が公式サイトに掲載されない。その一方で、週刊文春は毎号のように内情のスクープ記事を発表し続けた。しかも、その内容には実名を出した棋士からの発言や、“内部関係者”からのリークがたっぷり含まれていた。こうして、将棋ファンのほとんどは「文春を唯一の情報元」として、真偽不明のまま不毛な議論を延々と繰り広げる事態となった。

 「週刊誌に一方的に報道されること」をおそれての初動対応だったはずが、その後公式な発表は一切なく、逆に週刊誌にのみ情報を(一部関係者が)提供している。言っていることとやっていることが矛盾しているとしか思えない。ねとらぼによる取材では、連盟の公式サイトに情報を掲載しない理由を尋ねたところ、「逆にその都度掲載する理由はあるのか」という回答があったとのことだ。

――第三者委の結論はいつごろ発表されるか

連盟は依頼している立場でありコメントできない。

――11月4日以降、第三者委は行動しているのか

何回も会合をしている。

――そうした情報を連盟のサイトに載せない理由は

逆にその都度掲載する理由はあるのか。

――活動が不透明で分かりにくい。連盟のサイトに週刊文春が報じているようなこれまでの経緯は載せないのか

第三者委に任せているため予定はない。

――第三者委から出場停止処分は不当との意見が出た場合、不戦敗を取り消すのか

仮定の話には回答できない。

――三浦九段は直ちに撤回して欲しいと言っている

第三者委の判断を待つしかない。

 結局、「挑戦者交代のお知らせ」から第三者調査委員会の記者会見が行われるまでに公式サイトに掲載されたのは、「第三者調査委員会設置のお知らせ(10月27日)」のみだった。

「情報のコントロール」に対する勘違い

 こうした間に混乱した様子を見せていたのは、ファンだけではない。棋士たちの間には連盟から緘口令(かんこうれい)が敷かれていたようだが、実際にはTwitterなどに個人の臆測に過ぎないことを強い言葉で書く棋士、一部関係者への不信感をあらわにする棋士などもおり、そのたびにファンの間で不毛なやりとりが続いた。その他の棋士の多くは、「思うところはあるが今は言葉にできない」「自分にできることは良い将棋を指すだけ」といった表現をそろって用いていた。

 そこで昨日27日の記者会見だ。三浦九段の方の会見は、ニコニコ生放送、Abema TV、NHKでそろって動画でライブ配信されたが、その後行われた連盟の会見は「動画撮影禁止」とされており、会見終了後に、事前に用意されたテキストを読み上げるだけの「読み上げ放送」という形式が取られた。

 この放送では、会見の冒頭10分程度で話された内容がそのまま読み上げられ、その後50分弱行われた質疑応答の内容は視聴者には直接伝えられなかった(その後各紙が主な質疑応答部分のみを報道)。NHKは記事中で丁寧に、「日本将棋連盟は27日夕方、テレビカメラでの撮影を拒否したうえで東京で記者会見しました」と報道した。

 こうした場に出席する記者は普通、正確を期すために会見内容を録音する。筆者ももちろん録音しており、いつでもその内容を確認できる。質疑応答時には挙手し続けたが、最後まで指名されなかったため、どのような理由で「中継禁止」としたのかは聞けなかった。しかし、ここまで大きくなった問題をファンに直接伝えないということそのものが不誠実だし、記者を呼んでおいてそんなことをしても意味がないのだ。

 推測にはなるが、おそらく連盟はこう考えている。1つは、「外部に出す情報をできるだけ自分たちでコントロールしたい」ということ。そしてもう1つは、「事態の途中経過などではなく、一意に定まった正確な結果だけを報告したい」ということ。このこと自体に理解ができないわけではない。当然そこに打算はあるだろうが、連盟内部に明白な悪意などがあるわけではないだろうと信じたい。

 しかし、もうそういった情報のコントロールができる時代ではないのだ。自分たちの手で公式な声明を出さなければ、外部の手によって、いつまでも悪意にまみれた臆測だけが広がり続ける。

 筆者はこの問題について最初に触れた記事の結びに、次のように書いた。

 現在、Web上には正否の不明なさまざまな情報が渦巻いているが、今あらためて、本件に関するさらに正確な、信頼できる公式の情報を求めたい。まずは事実を明らかにした上で、本件の収束に関して慎重に模索すること。そして今後さらなるルールを整備し、二度とこのようなケースが起こらない、また起こり得ないように策を徹底すること。それこそが、昨日から不安な気持ちで自分たちの見てきた将棋界をながめているファンに対しての、真に誠実な答えだと思うのだ。

 ファンは今回、最初の報道から2カ月待った。長い長い2カ月間だった。信じて待てるのは、待たせる側が自分たちの方を向いていて、誠実な対応がなされていると感じられるときだけだ。

 将棋連盟は、一部のみ外部の役員もいるが、基本的には「棋士の棋士による棋士のための組織」だ。組織の経営や運営の専門家では決してない棋士たちが運営を主導することに対して、これまでに何度も議論がなされてきた。今回の騒動を受けて、こうした声はますます大きくなりつつある。

 結論をまとめる。第三者調査委員会が出した「出場停止処分の妥当性」とは別に、今回将棋連盟が取った「処分後の対応」が適切だったかを再検証してもらいたい。そして連盟自体やスポンサーだけでなく、本当にファンの方を向いた対応がどういったものなのかを、あらためて考え直してほしい。

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