VRChatの住人に聞く「現実は不便」のリアル(後編) 「リア活」を引退宣言したDJ SHARPNELの挑戦

» 2018年03月17日 00時00分 公開
[Minoru HirotaPANORA]
PANORA/株式会社パノラプロ

 前編中編とお届けしてきたソーシャルVRサービス「VRChat」の住人のインタビュー。最後は、VR内にクラブスペースをつくってしまったDJ SHARPNEL(シャープネル)・JEA(@sharpnelsound)氏のインタビューをお届けしよう。

DK2時代からVRライブアプリを制作

 DJ SHARPNELといえば、ハードコアテクノ/J-COREの旗手として1998年からシーンを引っ張っているユニット。アニメの声ネタを暴力的ともいえるほど高速なサウンドに乗せるという、電波ソングの先駆けのようなスタイルが非常にユニークだ。同人シーンを中心に活動しつつも、「beatmania IIDX」や「SOUND VOLTEX」、「REFLEC BEAT」などの音楽ゲームにも楽曲を提供し、海外から招聘されてのライブアクト出演も多い。

 そんなDJ SHARPNELは、実はVRとの関わり合いも深い。2014年には、音系・メディアミックスの同人即売会「M3」にてOculus RiftのDK2(第2世代開発キット)を使ったクラブ体験ができるアプリを展示するという先進的な試みをやっていた。その後も、Gear VRと振動ユニット「SUBPAC」を使って360度映像で収録したライブを体験してもらうなどの実験が続く。

 2016年には活動の場をバーチャル化すると宣言し、実際、2017年4月の「UPSHIFT」を最後に現実世界のライブから撤退した。

 その上でのVRChatだ。JEA氏によれば、2017年末にねこますさんのブログ記事を読んで触発されてVRChatにログインしたところどハマりして、「ワールドを自作できるならハードコアフェスもできるのでは?」と思いついて、「AKIBA NIGHT CLUB」のワールド作成に着手した。モチーフにしたのは、東京秋葉原にあるアニソンクラブイベントなどに強い「MOGRA」だ(そういやPANORAでもかつてMOGRAで開かれたイベントを360度動画で撮影しました)。

国境を超えて日本のクラブシーンを見てもらえる

 それにしてもなぜ、VRでライブアクトなのか? JEA氏によれば、自分の音楽を多くの人に届けたいという願いが根底にあるという。

「今まで20年ほどクラブシーンやライブでDJをやらせてもらってきましたが、その場にいる人にしか濃く届けられないというジレンマがあった。今でこそ音楽ゲームで知名度は上がりましたが、僕らのジャンルはマイナーで、より広く求めている人に届けることをずっと考えてきたんです」(JEA氏)

 そして活動20年という節目や、音楽を取り巻く状況の変化が、バーチャル化に舵を切る後押しをした。

「今年40歳なんですが、さすがに現場の人たちが20代中心という中で、リアルもバーチャルもやってとなるとどっちつかずになってしまう。同人シーンも大きく変化しています。20年前は音楽同人はほとんどなくて、自分が初めて参加したM3も2回目でした。葉鍵アレンジ、アイマス、東方などさまざまな時代を経て、二次創作に支えられてきたのが同人音楽だったんです。しかし、2020年のオリンピックで東京ビッグサイトがいつもの時期に使えなかったり、だんだんみんながCDを買わなくなったりと状況が変わってきています。リアルももちろん大事ですが、自分の限られたリソースをどう使うかを考えて、もうひとつの可能性であるバーチャルのほうに舵を切りました」(JEA氏)

 そんなリアル活動(リア活)引退という中で出会ったのがVRChatで、バーチャル空間でいくつか開催されていたDJイベントに参加したところ、もっとアーティスト側の意向を強く出せる要素が欲しいと感じた。

「いろいろなライブのワールドを見たところ、お客さん自身が曲を切り替えられるなど、参加者主体の会場だったんです。でもライブはアーティストの作品であって、お客さんに見てもらうという仕掛けが必要。だからAKIBA NIGHT CLUBでは、自分が何度も出演しているMOGRAをモチーフにして、『クラブってこういう感じなんだ』と入ったときにわかるようにしたかった。他の方がやられているクラブを否定する気はないですが、僕は僕なりに経験してきたことがあるので、それを試していきたい」(JEA氏)

 もともと仕事もコンピューター関連で、VR制作と親和性の高いUnityも軽く触っていたので、ワールドをつくるのにも抵抗がなかった。特にこだわったのは照明だ。

「家とクラブを比べると、音響はそんなに変わらないけど、ライティングで差がつく。いろいろなクラブのワールドを見て照明が動かないのに違和感を覚えたので、そこにこだわった」(JEA氏)

 そしてVRChatでライブアクトを実施し、バーチャルのさまざまな可能性に手応えを感じている。

「まずモーションコントローラーでアバターの手が動かせるのがいいんです。目の前にDJコントローラーを置いてミックスするだけでなく、曲の一番盛り上がるところで手をあげたり、声が出せる。VRChatなら無料で使えるし、VRゴーグルを持っていない人もPCの画面から参加できます。今で海外在住の音楽ファンは、日本のクラブシーンが見たくてもなかなか来られなかったけど、VRならインターネット経由でどこからでも来てもらえる」(JEA氏)

 一方で、限界も見えてきた。

「VRChatは制限があるので、やりたい『VRでクラブ体験』にはまだ届かない。日本からいったん撤退してしまったVRのライブ体験『TheWaveVR』なども含めて、よりクラブイベントに特化できるサービスもあるので、もっと研究していきたい。そうして僕が体験し、ノウハウを蓄積して、ショーケースみたいな形で出していきたい」(JEA氏)

 JEA氏は、「好きなことの原点は、パソコンで何かをつくること。小学校の頃からプログラミングをやっていて、そのアウトプットがソフトや音楽、空間などその時々で変わってきただけ」と語っていた。

 ひとつの分野で才能を開花させている人が、その新たなフィールドとしてVRを選んで、新たなリアルをバーチャル空間に切り開いていく──。「VR元年」から3年目となる2018年は、VRを「可能性」で語るのではなく、人々の生活を実際に変えていく年になると実感した取材だった。ぜひこのタイミングでVRゴーグルとPCを手元に置き、時代の変革を実感してほしい。

(TEXT by Minoru Hirota)

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