「北極星」は、船長にとって進むべき方向を判断する基準。「まだ見ぬ島」は、船長にとって目的地を知るためのイメージでした。われわれが「創造的な選択」を試みる、つまり目的と手段を再定義しようとするときにも、同じように基準やイメージが必要なのです。
問題を「イエスかノーか」に絞り込んでしまってませんか?――。新連載「クリエイティブ・チョイス」は、選択肢以外の「第三の解」を創り出し、仕事や人生の選択において、満足度を高めることを考えます。4月23日発売の書籍『クリエイティブ・チョイス』から抜粋したもので、今回は第1章からです。
海図もコンパスもない時代、カヌーを導いていくポリネシアの航海士たちは、自然界のありとあらゆるものから情報を得て、それをもとに進むべき進路を定めていました。とくに、闇におおわれて情報が少ない夜は、星が大きな頼りです。航海士たちは星を知りつくしていました。彼らが「星の航海士」と呼ばれるゆえんです。
ナイノア・トンプソン、山内美郷著『ホクレア号が行く―地球の希望のメッセージ』ブロンズ新社、2004年
海図もコンパスもない時代、「北極星」は、船長にとって進むべき方向を判断する基準でした。われわれが「創造的な選択」を試みる、つまり目的と手段を再定義しようとするときにも、同じように基準が必要です。基準とは「なぜ、それを目的とするのか?」という問いへの答えです。
先に述べたとおりこれはやっかいな問いで、真剣に考えていくと「目的の目的の目的……」をさかのぼることになり、最終的には主観的な善悪の基準に行き着きます。
前述したB社の田中さんの場合、「北極星」は何だったのでしょうか? 彼の目的展開図(図2-3)をもう一度見てみましょう。下から順に「なぜ、それを目的とするのか?」と問いながら上がっていくと、いちばん上に「働く人びとの快適さを向上する」というB社の経営理念があります。
経営理念とは、会社が「とにかくこれが善だと信じること」を定義したものです。価値観の表明です。ですから「なぜ、働く人びとの快適さを向上させたいのか?」という問いには答えがありません。
田中さんがこの経営理念に共感できているならば、そうでない場合に比べて田中さんの仕事上の迷いはずいぶん減るはずです。新製品の開発であれ、人の採用であれ「最終的に『働く人びとの快適さを向上する』ことにつながるほうを善とする」という判断基準が持てるからです。
次に「まだ見ぬ島」は、船長にとって目的地を知るためのイメージでした。「北極星」によって方向は分かっていたとしても、その方向には似たような島がいくつもあるかもしれません。B社の田中さんにとっては、製品開発チームが提案してきた「製品のデザインを改良する」島だけでなく、「製品を変えずに新しい顧客を探す」島なども、北極星の下にあります。どの島も同じくらい好ましいとしたら、どれを選ぶべきでしょうか。
船長は島に着きさえすればOKですが、田中さんにとって島選びは、図2-1でいう山のふもとに立つことに過ぎません。目的を考えるとは、さらに「まだ見ぬ島の頂上に着いたらどうなるのか? 頂上からは何が見えるのか?」といった将来像をイメージしてみるということです。本連載では、このように「どんな状態が理想なのか?」を具体的に想像することを、ビジョンを描くと表現します。ここまでをまとめておきましょう。
船長の「北極星」や「まだ見ぬ島」は物理的に存在していますが、われわれのそれは観念的なものです。船長の「北極星」は動きませんが、われわれの「北極星」は動いていきますし、意識していないと消えてしまうこともあります。船長の「まだ見ぬ島」は一つですが、われわれの「まだ見ぬ島」は無数にあります。「島」は自らに挑戦を課すことによっても現れますし、思いがけない出会いや災難などによって、いきなり目の前に現れるかもしれません。われわれの航海は船長のそれよりも難しいわけです。
このイメージを絵に描いてみたのが図2-4です。「チャレンジ諸島の冒険」と名付けてみました。
目的は、方向感と目的地のイメージ、言い換えれば価値観(北極星)とビジョン(まだ見ぬ島)からなっています。
株式会社アーキット代表。「個が立つ社会」をキーワードに、個人の意志決定力を強化する研修・教育事業に注力している。外資系コンサルティング企業(現アクセンチュア)でシリコンバレー勤務を経験。工学修士(早稲田大学理工学研究科)。著書に『「リスト化」仕事術』(『リストのチカラ』の文庫化/ゴマブックス)がある。グロービス経営大学院客員准教授などを兼任。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.