キヤノンが挑戦者だったあの頃――僕はC.P.Eのアルミトランクとともに:矢野渉の「金属魂」Vol.33

» 2013年11月25日 15時30分 公開
[矢野渉(文と撮影),ITmedia]

その気にさせた“C.P.E.”

 C.P.E.とはCanon's Personal Equipmentのことで、いまでもキヤノンのオンラインショップで取り扱われているオリジナル用品のことだ。

 僕が写真を始めた1980年台は一眼レフと言えばまだまだニコンのシェアが高かった。特に新聞社や雑誌社は伝統的にニコンFシリーズを大量導入していたから、キヤノンはなかなかその牙城を崩せずにいたと記憶している。

 おそらくその状況を打開するため、キヤノンはコンシューマー向けのイメージ向上を目的として、このC.P.E.に力を入れていたのだと思う。なにしろカメラ本体やレンズのパンフレットに混じって、C.P.E.商品のみの分厚いパンフレットが存在していたぐらいだから、その注力具合が分かる。

 バッグ、ストラップはもちろん、ジャンパーやベストもあり、そのほとんどには赤白の「Canon」のマークや、イーグルマーク(おそらくシューティングをイメージしたワシのマーク)がでかでかとあしらわれていた。

 そして僕はこの、ニコンの重々しい雰囲気とは正反対の、若々しいエネルギーに満ちたデザインに完全に虜(とりこ)となってしまうのだ。キヤノンのアポロキャップ! をかぶり、頼まれもしないのにそこら中にキヤノンのシールを貼りまくり、結果的にキヤノンの宣伝をしながら撮影に出かけていたのだ。


やせ我慢の金属

 ヨドバシカメラでいろいろと買いそろえた中で、一番印象深いのは「Canon」と大きくペイントされたアルミトランクだ。「アルミ」とは言いながら金属のトランクはやはり重い。しかしテンバ(TENBA)やロープロ(Lowepro)などのナイロン製の軽いカメラバッグが主流になる中、僕はあえてこのアルミトランクを選んだ。

 理由は、一言で言えば「プロっぽく見えるかもしれない」と思ったからだった。23歳で制作会社に就職して、「カメラマン」という名刺は持っていたけれども、撮影の現場ではまだまだ馬鹿にされることも多い。

 体力だけはあったから、この重いアルミトランクを軽々と持ち歩ければ、「やはりプロは違う」と他人から思われるのではないかと考えたのだ。

 1日撮影で動きまわって帰ると、もう体はくたくただったが、そこで涼しい顔でいる自分に酔っているところもあった。この世界、なめられたら終わりだ。僕はフォトグラファーとして、ずっと生活して行きたかったのだ。

 トランクは重いだけで、便利な一面もある。脚立の代わりになるし、椅子のように腰を下ろすこともできる。ところが僕はある時期からこのアルミトランクを持ち歩くのをやめてしまった。出番は車での移動のときだけになった。

 あまりに危険なのである。

 肩からかけたトランクの角は、立派な凶器だった。新宿駅の人混みを歩いていると、向こうから来る人に角が必ずかする。それを避けようと歩いてるだけで、気を使って疲れてしまうのだ。

 決定的だったのは、左肩にかけたトランクの高さが、ちょうど小学校低学年の児童の頭の位置にあったからだった。周囲をよく見ずに走ってくる小学生がこれに激突したら大惨事になってしまう……。

 こうして僕のやせ我慢の日々は終わりを告げたわけだけれど、僕が狂ったように「キヤノン、キヤノン」と言いながら写真を撮っていたせいでもないと思うが、キヤノンのシェアは確実に増えたようだ。

 C.P.E.は、技術力と開発力を十分に持っているキヤノンという会社に、さらなる勢いを与えた存在であったような気がしてならない。

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