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ロンドン五輪、日本で3D生中継が行われない理由とは?(2)本田雅一のTV Style

» 2012年08月08日 12時19分 公開
[本田雅一,ITmedia]

 前回のコラムが掲載されたあと「追加の放映権料が不要なのに、3Dの映像フィードをネットでも放送波でも出さないNHKの対応はひどい」という意見をいただいた。表面的情報だけを追えば、そのように感じるのも無理はないかもしれない。しかし、突き詰めて考えると、NHKだけに責任を押しつけるのは適当ではないと筆者は思っている。もちろん(放送そのものの話なので)テレビメーカーにも責任はない。ではジャパンコンソーシアムでの負担割合の見直しに及び腰だった民放5局に責任があるのかというと、これも違うだろう。

 日本でウィンブルドンやオリンピックの中継が行われない理由は、国が世界的な流れを見据えた、長期的な映像・放送関連産業のビジョンを持っていないことにある。あまりドロドロとした話をするつもりはない。かなり単純なことなのだ。

 NHKという組織は法的に収入源が守られているため、批判を受けることも多いが、放送という重要かつ大きな事業のトレンドを作っていく上で重要な役割を果たすことも多い。収益性をあまり気にせず、新たな放送技術のトレンドを見つけたら、そこに投資をして業界をリードできるからだ。そうした意味において、NHKは放送技術をリードする存在だし、NHKの方々と話をしていると、自身もそうした立ち位置を自覚しているように感じる。

NHK放送技術研究助が開発したわずか5キログラムという重量を実現したSHVカメラヘッド(左)。パナソニックが開発した145インチスーパーハイビジョンディスプレイ(右)

 そのNHKの技術開発方針は、10年ごとの目標が明らかにされている。前回のコラムに書いたように、次の目標は2020年のスーパーハイビジョンだ。そのためのデモンストレーションと実証実験、2つの意味もあって、今回はスーパーハイビジョンを日本の3カ所(NHK渋谷スタジオパーク、秋葉原ベルサーレ、NHK福島放送局)、英国3カ所、米国1カ所に配信した。

 どのように技術開発の目標を定め、中長期的な計画を進めるかについては、NHKなりの考えがあるので、これを一方的に責めるのは適当ではないと思う。現実を見るとNHKがこうしてスーパーハイビジョンに大きな投資を行っても、それが民放へと広がり、あるいは世界中に拡がっていくシナリオがあるのか?と言われれば、そこは筆者にも疑問はある。

 ただ、NHK側の論理からすれば、今回は2020年に向けた取り組み強化という意味で、スーパーハイビジョンにフォーカスするというのは、さほどおかしな判断ではないと思う。また、(追加の放映権料が不要とはいえ)従来のオリンピック放送の枠組みとは別に3Dの生放送枠を増やすなら、民放5局の放映権料負担割合見直しをと示唆するのも当然といえば当然だろう。

 負担割合が増えるなら、それを吸収するするだけの広告スポンサーを集めればいい。しかし、現在販売されている中大型テレビの大半が3D表示機能を持っているとはいえ、3D表示機能付きテレビを販売する電機メーカーが弱っていることもあって、大手広告代理店はスポーツの3D中継に対して消極的だという。

 民放にも温度差はある。同じ局内でも部門ごとに意識は異なり、やってみたいという意思はあるだろう。しかし、企業として投資をするならば、投資に対する見返りや長期的なビジョンも必要だ。将来、スポーツ中継を3Dで放映したり、欧米のように劇場向けフィードのビジネスが拡がっていく可能性があるならば話は別だが、単なる話題作り程度では投資しにくい。

 とはいえ、これは他の国でも大きく事情は変わらない。Olympic Broadcasting Service(OBS)が、3D映像の追加放映権料を取らなかったのも、今回のケースがノウハウを得るための実験的ケースだったことに加え、そこからプラスαの費用を得るだけの市場がまだできていないからだとも言える。

 1つには、日本における3D放送に対する準備(3D放送専門チャンネルの運営など)が整っていないこともあるのだろうが、根本的には日本国の放送事業に対する戦略性のなさがある。例えば中国や韓国は、中長期的ビジョンを掲げて技術トレンドを見極めつつ、行政が事業環境を整えている。

 中国は中国中央電視台(CCTV)が、中国国内の番組制作部隊に号令をかけて3D映像の制作をさせ、専門チャンネルで放映している。映像表現としての3D、生中継のノウハウを集め、3D放送に必要な放送局向け機器への要求を見極める意図もある。

 ハリウッドの3D映画も、「アバター」以降、しばらくは刮目するタイトルが出てこなかったものの、昨年の「塔の上のラプンツェル」といったアニメはもちろん、今年の「ヒューゴの不思議な冒険」、「アメージング・スパイダーマン」など、実写とCGを組み合わせた作品で、3Dならでは表現や演出を施した作品が生まれてきている。ダメ作品と良い作品の割合、歩留まりは急速に改善してきた。

 韓国はもっと戦略的だ。彼らはMPEGのサブストリームを活用した2D放送と互換性のある3D放送フォーマットを開発(最新技術というわけではなく、アイディアとしてはBlu-ray 3Dとよく似たもの)。放送局も積極的に3D放送に対して力を入れている。

 背景として2010年に韓国政府が「コンテンツ・メディア・3D産業分野発展戦略」を打ち出し、韓国における地上波放送のデジタル化を行う際に2D/3D互換放送を前提にした3Dコンテンツ支援を行っているためだ。狙うのは3D放送規格の国際標準を、韓国規格にすることだ。

 そうすることで、IP放送機材で韓国メーカーが世界を席巻したように(例えば、ロンドンオリンピックで使われたIP放送機材はサムスンあるいはLG製だ)、放送局向けのビジネスでも立ち位置を強化できるとの狙いがある(続く)。

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