日本に再びイノベーションを起こせる人材とは?僕は、だれの真似もしない(4/4 ページ)

» 2012年07月30日 08時00分 公開
[まつもとあつし,Business Media 誠]
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グローバルな人材=英語力ではない

――例えば、前刀さんは学生時代に起業しようと考えなかったのですか?

前刀禎明氏 前刀禎明氏(撮影:田中秀和)

前刀氏: 今、学生だったならやっているでしょうね。でも当時は学生ベンチャーというのは一般的ではなかったし、何より偉大な創業者たちがまだ健在でした。僕がソニーを選んだのも、そこで学びたいという思いが強かったからですね。

 実際にはソニーをはじめ、日本の家電メーカーがダメになってしまうのを目の当たりにしてしまうことになるのですが。

――「グローバルな人材」についても少し話が出ました。この手の話では「英語力を磨こう」といった主張がされるのですが、前刀さんの本ではあまりそういうことは述べられていません。

前刀氏: 僕自身、ビジネススクール留学を考えた時期もあったのですが、どうにも「勉強」が苦手で……(笑)。でも、ソニーで所属していた海外営業部門では「英語がいくらできても、ビジネスセンスがないやつはダメだ」と言われていましたし、同期の友人からも「前刀はMBAを取るより、実務で鍛える方が向いている」と言われて。それをきっかけに外資系のコンサルティングファームに飛び込んだのです。

 結局、英語力を磨くというのは、考え方やロジックの展開を日本語のそれからガラッと変えないといけないのです。だから、英語を公用化するのも良いけれど、その前に「会議のやり方」も日本風から変えないといけない。プレゼンだってそう。主張が先に来る「メッセージファースト」でなければならない。そこから変えていかないと結局イノベーションは生まれない。

 MBAも万能ではありません。彼らはそこでケーススタディに基づいて課題解決能力を高めますが、混沌とした状況の中から課題を発見する能力はそこでは鍛えられないのです。実際、ビジネススクールの先生やMBA出身者が起業してもうまくいかないという例は多くあります。経営のプロであるはずなのに、です。

 リアルディアでは、英語のプログラムは現在のところ用意していませんが、こういったアプローチの変化を通じて、強烈にマインドセットを入れ替えてもらうということを目的としています。そこで身に付いたマインドセットがあれば、僕自身がそうであるように、例え英語が流暢でなくても、相手には伝えたいメッセージは伝わるし、結果としてそこからイノベーションが生まれてくるはずです。

――ある意味、世界で最も厳しいダメ出しをするジョブズ氏や、これまでの経験から積み上げてきたエッセンスが本書やリアルディアのプログラムには集約されているわけですね。最後に、これは少し踏み込んだ質問なのですがソニーに再び戻って立て直しをと考えたりはされませんか?

前刀氏: 実際「戻ってきてくださいよ」と言われることもあります。でもスティーブが返り咲く前のアップルを思い出してみてください。ホントにダメになっていた。存亡の危機にあったからこそ、あそこまでドラスティックな改革が可能だったはずです。

 僕から見るとソニーはまだまだ甘い。それこそマインドセットを大きく変えるためには、もっと危機的な状況にならないと。これはソニーに限らずどこの企業、組織にも通じる話です。まだ自分の会社は大丈夫だと思っている。でも、古くは山一證券、最近ではJALなど、自分たちは潰れないと思っていた会社がある日突然破綻する時代です。

 人によってはあと2〜3年で世の中に大きな変化が訪れると指摘しています。私は具体的にあと何年ということは予言できませんが、その時期が近づいているというのは直感、感性でとらえています。だからこのタイミングで本を出したのかもしれませんね。

 セルフイノベーションを起こす、あるいはそのための能力を磨いておく、というのは「備え」でもあるのではないでしょうか。


 1時間ほどのインタビューだったが、前刀氏の言葉は示唆と刺激に富んだものだった。単なる自己啓発的なポジティブ思考ではなく、挫折と成功の両方を味わった同氏の提言は説得力に富んでいる。

 途中触れられたように、社会や企業組織に対する閉塞感はますます強まっているが、イノベーションを自ら起こす=セルフイノベーションが連鎖することで、再び展望が開ける時代がやってくるのか、私たち一人一人の行動が問われていると言えるだろう。

著者紹介:まつもとあつし

 ジャーナリスト・プロデューサー。ASCII.jpにて「メディア維新を行く」ダ・ヴィンチ電子部にて「電子書籍最前線」連載中。著書に『スマートデバイスが生む商機』(インプレスジャパン)『生き残るメディア死ぬメディア』(アスキー新書)、『できるポケット+ Gmail 改訂版』(インプレスジャパン)など。取材・執筆と並行して東京大学大学院博士課程でコンテンツやメディアの学際研究を進めている。DCM(デジタルコンテンツマネジメント)修士。2011年9月28日にスマートフォンやタブレット、Evernoteなどのクラウドサービスを使った読書法についての書籍『スマート読書入門』も発売。


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