CGMが気象予報を“180度”変える――ウェザーニューズの気象革命(後編)松村太郎のノマド・ビジネス

» 2008年11月10日 07時15分 公開
[松村太郎,ITmedia]

 ケータイユーザーの協力を得て、リアルタイムで天気を予測――。こんなサービスを展開しているのが、ウェザーニューズだ。

 連載の前編では、これまで予測が難しかったゲリラ豪雨の予報を、ケータイユーザーから寄せられた情報を生かして実現したことをご紹介した。雨が空から降ってくるように、天気予報もメディアを通じて与えられる情報であると我々は思いがちだが、ウェザーニューズはこれを180度転換し、“利用者と一緒に天気予報を作る”サービスを実現したのだ。

 後編では、BtoBから始まった同社のサービスが、どのようなプロセスを経て進化したかを探るとともに、今後の展開について聞いた。

気象サービスの高度化に不可欠なコミュニケーション

Photo ウェザーニューズ 広報・IRグループリーダーの森下良治氏

 ウェザーニューズはBtoBの気象情報サービスからスタートした企業だが、“人とコミュニケーションしながら情報を作る”モデルは「気象情報サービスを高度化するための取り組みとして、もともとやっていたこと」だと、同社で広報・IRグループリーダーを務める森下良治氏は説明する。

 「例えば海運業向けの『フュエル・ラウティング』というサービスでは、運航における燃料消費の最適化を行ってきました。船の位置や気圧配置、波、風、潮流などの気象情報を提供し、安全で効率的(=燃料消費が少ない)な航路、エンジン回転数を推薦するサービスです。予測は立てますが、不確実性を少しでも減らすためには、船側とのコミュニケーションが不可欠。海運だけでなく、航空機向けにも似たようなサービスを提供しており、予備の燃料が少なくていい場合にはその旨を伝え、機体を軽くして燃費を改善しています」(森下氏)

 燃料費削減のニーズから気象情報の高度化が求められるとは、彼らも考えていなかったそうだ。データとしての気象情報は、日本の気象庁など各国政府の気象機関から入手できるものの、それをどのような目的で活用するのかまでは面倒を見てくれない。そこで、民間の気象会社は、ユーザーとのコミュニケーションで気象情報を加工するノウハウを身につけたのである。

ネパールの天気、柏の豪雨――民間との連携で予報を実現

 日本で暮らしていると、気象情報は“あって当たり前”と思いがちだが、情報が足りない地域は世界中にたくさんある。例えばネパールの新聞には天気予報がなく、首都・カトマンズ以外は前日の天気しか載っていないのだそうだ。

 「気象情報の収集は多くの場合、行政が行っていますが、国によってはそれができない場合もあります。例えばネパールで農業をしている人は、今すぐに情報が欲しくても、観測システムが整うのを待っているわけにはいきません。そこで我々が観測用の機器を配り、予測モデルを作れば気象予測が可能になりますし、受益者負担でビジネスにもなります。それぞれのビジネスや個人の生活がよりよくなる手助けを、民間ならではの解決策で行えるわけです。まだ実現していませんが、将来そうしたモデルを海外で展開していきたいですね」(森下氏)

Photo 配布した気象観測キット

 また、千葉県柏市などで実験を行っている「減災ラボ」も、ウェザーニューズがインフラとコミュニケーションを提供する事例の1つだ。柏市にはアメダス観測点がなく、ゲリラ雷雨に見舞われて、道路の冠水や床下浸水の被害にあっても、最寄りの観測地点である我孫子市では5ミリ程度の降雨しか観測されないこともある。そこで、ウェザーニューズが市民と協力した観測態勢の構築を始めたのである。

 「風向・風速・気温・湿度を観測できる機械をウェザーニューズが作り、20〜30カ所に配りました。データはインターネットを通じて集積しています。そして観測した雨量や風力に対して、自分の身の回りの被害データを投稿してもらっています。“観測と被害状況の関係性を蓄積する”という取り組みは、誰も実現していなかったことで、こうした情報の蓄積があるからこそ、災害が起こりそうな悪天候の際に、被害予告のアラートメールを出せるのです」(森下氏)

 自然災害は、適切な気象情報を提供すれば減らすことが可能で、気象サービスの高度化はそれを支える大きな力になる。高度な気象サービスを提供するためには、市場が求める目的や性質をきめ細かくとらえることが重要であり、“公的機関の気象情報”と“個人のニーズに合った情報”をハイブリッドで提供するのが理想的な形だ。

Photo 千葉県柏市などで実験を行っている「減災ラボ」

 ブロードバンドインターネットや、携帯電話に代表されるパーソナルな情報ツールの普及は、ハイブリッド型気象情報の提供を現実のものとするのに、大きな役割を果たす存在といえるだろう。

気象革命を支えるのは“人”と“コミュニケーション”

 ウェザーニューズには「トランスメディア」という言葉が定着している。これは、“さまざまなメディアに対して最も適したコンテンツを提供する”ことを意味しており、BtoB向けの気象サービスやケーブルテレビ番組への提供を経て、ケータイやPC向けのサービスをスタートした彼らのメディア展開を表すのにふさわしい。

 「例えば現在、個人向けに提供している台風や落雷などのケータイメールサービスを企業向けに提供してもいいし、観測機材を置いている個人のユーザーにはPCからデータを見てもらった方が便利です。また、同じ地域のリポーターから送られた空の写真に『今日は寒いからシチューにしました』という書き込みが多ければ、小売店などに“シチュー用の材料を特売してはどうか”という提案ができます」(森下氏)

 気象情報については、ビジネス向けと個人向けの歩み寄りが進んでおり、そこに流れる情報の相互活用も始まっている。ビジネス向け、個人向けの双方に対して、気象サービスの高度化を実現するある種のマッシュアップが行われているわけだ。

 そして、ウェザーニューズが次のキーワードとして掲げるのが『気象革命』だ。

 「今までのあり方はいったん置いて、“新しい形のものを作ろう、ちょっと世界を変えて気象情報そのものを変えていこう”というのが気象革命のコンセプト。公的機関が行う単一の予測システムを信じるだけでなく、真のニーズを満たす気象サービスを模索し、必要なら観測地点も予測モデルも自前で持つ。こうしたきめ細かいサービスは、単純に予測精度を高めるだけでは成り立たず、ユーザーとのコミュニケーションぬきには実現できません」(森下氏)

 気象革命を支えているのは、まさにユーザーとのコミュニケーションであり、それは、カメラ付きケータイでユーザーから情報を集め始めたときに「こんな被害が出てしまいました」というリポートが送られてきたのが発端だった。「このリポートを何とか生かせないか」という思いから始まった、ウェザーニューズのサービスは、今や、予測不可能だと思われていたゲリラ雷雨の超短期予報を出したり、災害を減らすことに特化したエリアサービスを提案できるまでに成長した。

 「気象革命は、自らが参加して始めて、その意味を実感できます。ビジネスや個人の生活をよりよくする手助けを、民間ならではのアプローチで実施していくためには、情報が欲しいと思っている人が参加するネットワークが必要です。ウェザーニューズは、参加型コンテンツを新しい価値に変えてユーザーに返すことを推し進めます」(森下氏)


 これから秋が深まり、やがて冬がやってくる。ウェザーニューズは季節の移り変わりに合わせて紅葉や雪、氷などの季節ならではのプロジェクトを展開する計画だ。日々、天気を見ることを楽しむ人たちとのホットなコミュニケーションを保ちながら、何か共通のテーマが起きたときに力を合わせて情報を集め、解決策を生む。それはネットワークを通じた気象コミュニケーションの中で生まれた、“1つの社会”ともいえる。

 高度なモバイル機器やネットワークサービスをどのように活用するか。その1つの道筋が「気象革命」には刻まれていると思う。

プロフィール:松村太郎

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東京、渋谷に生まれ、現在も東京で生活をしているジャーナル・コラムニスト、クリエイティブ・プランナー、DJ(クラブ、MC)。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。1997年頃より、コンピュータがある生活、ネットワーク、メディアなどを含む情報技術に興味を持つ。これらを研究するため、慶應義塾大学環境情報学部卒業、慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了。大学・大学院時代から通じて、小檜山賢二研究室にて、ライフスタイルとパーソナルメディア(ウェブ/モバイル)の関係性について追求している。


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