「iPhone Air」減産報道の裏側 “薄さ”はスマホの進化を止める壁になるのか

» 2025年12月21日 10時00分 公開
[山本竜也ITmedia]

 2025年9月に発売されたiPhone Airについて、複数のメディアが相次いで減産を報じています。Nikkei Asiaは、関係者の話として、11月以降の生産受注が9月時点と比べて約9割削減されると伝えています。「ほぼ生産終了レベル」との見方もあり、大幅な縮小が見込まれているようです。

iPhone Air 厚さわずか5.64mmのスマートフォン「iPhone Air」

 著名アナリストのMing Chi Kuo氏も、自身のXで「iPhone Airの需要が期待を下回り、ほとんどのサプライヤーは2026年第1四半期までに生産能力を80%以上削減すると予想されており、リードタイムが長い一部の部品は2025年末までに生産中止となる予定です」と投稿しています。

 一方で、Apple Insiderは、投資銀行などの情報源をもとに「製造に減速の兆候はなく、当初計画通りに行われている」と報じるなど、情報は錯綜(さくそう)しています。また、iPhone Airは発売直後の購入層をターゲットとしていないため、時間の経過とともに安定需要を獲得する可能性も指摘されています。

 筆者自身、レビューのため短時間ながらiPhone Airの実機に触れましたが、薄くて軽いという点を含めて非常に魅力的な端末だと感じました。しかし、市場の反応については賛否が分かれており、その背景には、現代のスマートフォンが抱える構造的な問題が透けて見えるようです。

スマホの成熟によるニーズの変化

 スマートフォンの薄型化のブームは10年ほど前にもありましたが、当時は機能性よりも「技術力の象徴」としての意味合いが強かったように思います。薄さは洗練さの象徴であり、道具としての機能美を体現するものでした。しかし、スマートフォンがあまりに多機能になった今では、薄さを追求することは、むしろユーザーが求める機能との間にトレードオフを生む要因となっています。

 メールやチャット、動画視聴、ゲーム、写真撮影、決済、健康管理など、スマートフォンは今や生活の中心的なツールです。こうした使い方を考えれば、薄さよりもバッテリーの持ちやカメラ性能を重視するのは自然な流れです。

 iPhone Airが直面したのはまさにその点で、カメラとバッテリーという2つの物理的制約です。高画質なカメラには一定の厚みが必要で、薄型化を進めればセンサーサイズやレンズ構成に妥協が生まれます。同様に、バッテリー容量も筐体の薄さに反比例します。

iPhone Air iPhone Airの背面カメラは、ハイエンドモデルでは珍しく48MPの1眼のみとなっています

 これらはユーザーにとって、最も妥協しにくいポイントでしょう。特にバッテリーは、1日中快適に使えることが基本的な要件となっており、薄さのために稼働時間が短くなることは受け入れがたいものです。カメラ性能についても、SNSへの投稿や思い出の記録において、従来のデジカメに代わるツールとなっており、その性能が製品価値を大きく左右します。

価格と機能のバランス

 iPhone Airのもう1つの課題は価格設定です。iPhone 17よりも高価でありながら、一部のスペックでは妥協を強いられる構成は、コストパフォーマンスを重視するユーザーには響きにくいでしょう。ベースモデルのiPhone 17の完成度が高く、多くのユーザーのニーズを満たしていることも、iPhone Airの立ち位置を難しくしています。

iPhone Air Apple直販でiPhone Airの価格は15万9800円から。決して安いとはいえない設定だ

 プレミアム価格を支払うのであれば、全ての面で最高の体験を期待したいというのは消費者として当然のことでしょう。結果として、多くのユーザーにとって「薄さ」という付加価値は、バッテリーやカメラの妥協を正当化できるほどの魅力に映らなかったのかもしれません。

薄さと保護のジレンマ

 iPhone Airの象徴ともいえる薄さは、同時に実用面での悩ましさも抱えています。リセールバリューを考えればケース装着はほぼ必須です。しかし、それではせっかくの「Airらしさ」が失われてしまいます。

 これはiPhone Airに限らず、薄型スマートフォン全般に共通する根本的な問題ですが、せっかくの薄型デザインが保護のために隠れてしまうのは残念なところです。Pixelシリーズのように、ケースを装着することを想定してデザインしたという端末もありますが、薄型端末ではそうしたことも難しくなります。

iPhone Air iPhone Airもバンパーを装着してしまうと、厚みが増してしまう

 かつてスティーブ・ジョブズが語ったように、ケースやバンパーを着けずに裸で使えばいいのかもしれません。しかし、それを実行するにはスマートフォンは高くなりすぎ、「気軽に裸で持てる」時代ではなくなってしまいました。

スペック表では伝わらない価値

 薄型スマートフォンが不人気となる要因としては、実機を触らずスペック比較だけで購入を決める層が増えたことも挙げられるでしょう。オンライン購入が主流となり、店頭で実際に手に取る機会が減少しています。薄さや軽さといった物理的な魅力は、数字では伝わりにくく、実際に持ってみて初めて実感できる価値です。

 短時間ながらiPhone Airに触れた際、その薄さや軽さは確かに印象的でした。しかし、そうした体験をせずにスペック表を眺めれば、どうしてもバッテリー容量やカメラ性能といった欠点の方が目に付いてしまいます。こうした体験価値をどう伝えるかは、今後のプレミアムデバイスにとって重要な課題になりそうです。

薄型スマホの未来はどうなる?

 iPhone Airの減産報道は、「薄さ」そのものの価値がなくなったことを意味するわけではありません。むしろ、多機能化が進むスマートフォンの中で、どこまで「軽さ」や「持ちやすさ」を追求できるのかという、難しい課題を改めて示した出来事だといえます。

 現時点では、カメラやバッテリーといった物理的な制約の中で、薄型化を進めることには限界があります。しかし、技術の進歩によって、その壁を超えられる可能性も十分にあります。

 また、全ての人に向けた「主流モデル」ではなく、特定の価値観を重視するユーザーに向けた端末として、薄型スマホが再評価される余地もあります。例えば、「軽くて持ちやすい端末が好き」「ポケットを圧迫したくない」といったユーザーにとっては、iPhone Airは今でも魅力的な存在のはずです。

 薄さという価値が評価される日が来るかどうかは、これからの技術革新と消費者の嗜好(しこう)に委ねられています。そして、その行方こそが「スマートフォンの次の10年」を占う試金石になるのかもしれません。

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