進化を続けるモバイル向けUIの最前線──シリコンバレーで見た未来(前編)(1/3 ページ)

» 2009年02月13日 09時00分 公開
[小林雅一(KDDI総研),ITmedia]

 2007年6月に米国で発売されたAppleの「iPhone」は、タッチパネルを用いた独特のユーザーインタフェース(UI)が大きな注目を集め、世界の携帯電話のUIにも大きな影響を与えた。2008年7月11日には、世界22カ国で「iPhone 3G」が発売され、日本でも熱狂とともに迎えられたのは記憶に新しい。iPhone3Gの国内での販売実績については、当初期待されたほどではないとの報道もあるが、その話題性や斬新な商品コンセプトは、少なくとも新しいケータイの在り方や方向性を示したことは間違いない。

 こうした中、日本を始め世界各国で、従来の機種とは大きく異なるUIを採用した携帯電話が次々と登場している。まだ製品としての完成度は低く、お世辞にも使いやすい端末とは言えないが、キャリアやメーカー各社が、市場成熟化の打開策として、UIの進化に真剣に取り組み始めたのは確かだ。その引き金を引いたのは、iPhoneだったと言っても過言ではない。

 このiPhoneに刺激され、世界のIT業界では今、新たなUI開発への取り組みが進んでいる。一般にUIとは「人間と機械の相互作用」を意味するが、より具体的には「情報機器の操作方法と、処理された情報の出力方式」である。そこには今、タッチパネルに加え、ペン入力や音声認識・自然言語処理など、さまざまな要素技術が導入されつつある。いずれも、かなり以前から研究開発が進められ、現時点でも十分に商品化が可能なレベルにまで到達している技術だが、まだ広く普及するには至っていない。情報機器の主流が、従来の据え置き型PCからiPhoneのような携帯端末へとシフトする中、それらの要素技術が再び見直され、新たなモバイルUIとして注目を集めているのだ。

 その動向を調査するため、米IT産業の集積地シリコンバレーで今、話題になっているベンチャー企業や著名な研究所を訪れ、さまざまなモバイル向けのUI技術を取材した。

両手操作のタッチパネルで、PC並みの情報処理を目指す

 iPhoneのUIに関しては、タッチによる快適な操作感が称賛される一方で、「ソフトウェアキーボードによる文字入力が面倒で不正確」「コピー&ペーストができないなど、異なるアプリケーション間の連携機能が不十分」「タッチパネルの反応が鈍い(表示速度が遅い)」など手厳しい指摘もなされている。

 このように功罪相半ばするUIのため、iPhoneはWebブラウジング、音楽や動画の再生、そしてゲームなどには適しているが、長いメールを打ったり、文章を書いたり、音楽や映像を編集するなど、PC並みの本格的な業務を遂行するには不向きとされる。要するに情報の出力端末としては優れているが、情報を入力して、それを加工・編集する、本格的な情報処理端末としては不十分とみられているのだ。

 もちろん屋外で慌ただしく利用されることの多いモバイル端末では、そもそもそれほど高度で複雑な情報処理は必要とされない、という反論はあるだろう。とはいえ、iPhoneが「データの入力や加工、編集などには不向きである」という点は認めざるを得まい。これはiPhoneの後を追って市場に投入された、ほかのスマートフォンにも共通して言えることだ。その多くはタッチパネルに従来のハードウェアキーボードを組み合わせ、必要に応じて両者を使い分けることで、この問題に対処しようとしている。しかし実際に使ってみると、いずれも木に竹を継いだような感があり、どの状況でどちらを使えばいいのか混乱してしまう。やはりタッチパネルを導入するのであれば、それでUIを統一する方が使いやすいはずだ。

 この“タッチパネルでUIを統一する”というスタンスでスマートフォンの開発に取り組んでいるのが、仏Stantumである。同社はプロのミュージシャンが使うタッチパネル方式の音楽編集機器を開発・製品化した実績を持ち、そこで培った技術を応用して、ここ数年はモバイル端末の開発に注力している。

 Stantumの技術の特徴は、「両手でタッチパネルを操作するUI」によって、PC並みの情報処理をモバイル端末でも実現しようとしている点にある。Stantum CEOのギローム・ラーギリエ(Guillaume Largillier)氏に、実際に同社が開発した試作機のデモを披露してもらったので、まずは以下の映像を見てほしい。


 Stantumが実現しようとしているのは、フルスペックのモバイルコンピュータである。しばしば指摘されることだが、日本のキャリアは、従来型の携帯電話の延長線上に次世代端末を実現したいと考える傾向がある。つまり、あくまでも「携帯電話を高度化していく」という流れが想定されている。一方AppleやGoogle、あるいはStantumのような欧米のIT企業は、最初から「携帯型のコンピュータ」を目指している。そこにおける電話機能は、数ある付帯機能の1つに過ぎない。つまり電話が象徴する通信産業から、コンピュータに代表されるIT産業へと、モバイルビジネスを塗り替えたいのである。

 映像を見れば分かるとおり、Stantumはモバイル環境で必要とされるコンピューティング(情報処理)を、(1)電話やメール、SMSのような「Communicate」 (2)メモや写真をとる「Take」 (3)Webや保存文書を閲覧するための「Browse」 (4)スケジュール管理などを意味する「Organize」 (5)本格的な業務をこなすための「Work」 (6)音楽や映像、ゲームなどを楽しむための「Play」という6種類のモードに分類している。そして、それぞれのモードの中で、さらに具体的な機能を呼び出す流れとなっている。

 Stantumの開発したUIでは、この動作を快適に実現するために、まず左手の親指で各モードを選択し、そこでプルダウンメニューを表示して、その中から具体的な機能を選ぶという方式を採用した。例えばWebブラウザでページを閲覧中に「手書き入力」を行いたい場合には、そこから再び左手の親指で「Edit(編集)」モードに入り、プルダウン・メニューから「Cut」「Copy」「Paste」などの機能が選べる。これらに基づいて、異なるアプリケーション間の連携も可能だ。つまりStantumが開発したUIは、モバイル用のタッチパネル技術とPC並みの階層型GUIを結合させたものである。

 この方式には当然、さまざまな反対意見もあるだろう。例えば、少し前に指摘した「モバイル端末では、PCのように高度な情報処理は必要ない」という見方だ。特に日本のキャリア関係者からは「片手の親指だけで操作できることが、ケータイのケータイたるゆえんだ。片手で操作できれば、電車のつり革につかまりながらでも簡単に操作できる。だから、逆に両手で使うケータイは必要とされない」という意見が聞かれる。

 こうした見方には、ある程度うなずける面もある。確かに満員電車の中や路上でモバイル端末を使うとすれば、両手を使った高度な情報処理など無用の長物だ。しかし、この見方は、電話から始まった従来型携帯電話の延長線上にある。むしろ視点をガラリと転換して、Stantumが開発したものは、「ノートPCを手のひらサイズまで縮小したモバイル端末」と考えたら、どんな結論が導かれるだろうか。

 日本と欧米とを問わず、外出先にノートPCを持ち出す会社員は多い。ノートPCは年々、小型軽量化が進んでいるとはいえ、やはり常時持ち歩くには大きく、重いと感じることは多い。快適に操作するためには、必ずある程度の大きさのキーボードが必要であり、これが小型化の足かせになっているという側面もある。この問題を解決するために開発されたのがStantumの端末であるとすれば、それが使われるのは電車の中ではなく、出先の会社でプレゼンをしたり、立ち寄ったカフェで至急の仕事を片づけたり、といったシチュエーションである。そうなると、両手を使ってPC並みの操作ができることは、全く不自然ではないばかりか、むしろ必須の条件と言っていいだろう。

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