Apple、欧州での「Siri AI」iPhone向け提供を見送りへ――デジタル市場法(DMA)とセキュリティを巡る対立の背景

» 2026年06月10日 15時54分 公開
[金子麟太郎,ITmedia]

 米Appleは6月8日(現地時間)、年内のリリースを予定している次世代ソフトウェア「iOS 27」および「iPadOS 27」において、同社の最新AIアシスタント機能である「Siri AI」を、欧州連合(EU)加盟27カ国の域内では当面提供しない方針を発表した。同日に開催された世界開発者会議(WWDC26)で目玉機能として発表されたSiri AIだが、EUの巨大IT企業規制である「デジタル市場法(DMA)」を巡る規制当局との対立が、「提供見送り」という結果を招いた。

Apple Siri AI DMA iPhoneのイメージ

 Siri AIは、Apple Intelligenceを活用して開発された最新の音声アシスタントだ。音声操作だけでなく、飛躍的に向上した会話能力や、デバイス上のローカルデータからWeb上の広範な情報までシームレスにアクセスできる能力を備える。会話の履歴を確認できる専用アプリ、拡張されたビジュアルインテリジェンス体験、作文のための統合ツール、iOSカメラアプリにおけるSiriモードなど、高度な機能が多数盛り込まれている。ユーザーのプライバシー保護を大前提として設計されており、デバイス上での直接処理と「プライベートクラウドコンピューティング」を活用することで、高いセキュリティと利便性の両立を図っている。

Apple Siri AI DMA Siri AI

 Siri AIの提供がEU圏内で阻まれた背景には、EUが施行するデジタル市場法(DMA)の存在がある。DMAは、巨大IT企業(ゲートキーパー)によるデジタル市場の独占や囲い込みを防ぎ、公正な競争を促進することを目的とした法律である。この法律のもと、EU規制当局はAppleやGoogleなどの大手企業に対し、自社サービスの優遇禁止やサードパーティーへのアプリストアの開放に加え、「相互運用性の提供」を強く求めている。

 EU規制当局は、AppleがiPhoneやiPadでSiri AIを提供するのであれば、それと「同時」に、他社製のサードパーティーAIシステムに対しても、ユーザーのデバイスや個人データに対するほぼ無制限な直接アクセス権限を与えるよう要求した。さらに、ユーザーによる継続的な視認やコントロールなしに、他社製AIが自律的に行動できる権限を即座に開放することも求めた。これには、ユーザーのメッセージの読み書き、勝手な購入の実行、ファイルへのアクセス、あらゆるアプリを横断したアクションの実行などが含まれる。

Apple Siri AI DMA Siri AIのEU圏内での提供がデジタル市場法(DMA)によって阻まれた背景には巨大IT企業の独占を防ぎ公正な競争促進を強く求めるEUの意向が影響している(出典:AppleのNewsroom)

 Appleは、このEU当局の要求に対して、ユーザーのプライバシーとデバイスのセキュリティに重大な脅威をもたらすとして強く反発し、要求を完全拒否した。Appleおよびセキュリティ研究者の指摘によれば、ユーザーを守るための必要不可欠な保護機能なしに他社製AIへ権限を開放した場合、悪意のある攻撃者によってAIシステムが乗っ取られる危険性が極めて高いという。

 もし乗っ取りが発生すれば、パスワードや写真といった極めて機密性の高い個人データが盗み出されたり、ユーザーの同意がないままファイルやアカウント設定が恒久的に改ざんされたりする深刻なリスクが生じる。Appleは、AIシステムの能力が飛躍的に向上している現状において、このようなリスクの発生頻度と被害規模は今後急速に拡大していくと強い懸念を示している。

 事態の打開を図るため、Appleは代替の妥協案として「Trusted System Agent」と呼ばれる仲介機能を新たに設計し、EU当局へ提案した。これは、他社のバーチャルアシスタントがSiri AIと同等の機能や性能に安全な形でアクセスできるようシステムが仲介する仕組みであり、十分な安全性を検証・確保するために18カ月の期間をかけて段階的に展開していく現実的な計画であった。しかし、欧州委員会はこの提案を含め、Appleが提示したいかなる安全対策の解決策も全て拒否し、合意に至らなかったという。

 この結果、年内にリリースされるiOS 27およびiPadOS 27において、EU域内の一般ユーザーはSiri AIの高度な機能に一切アクセスできなくなる。また、Apple Watch向けの「watchOS 27」におけるSiri AIの利用には、Siri AIが有効化されたiPhoneとのペアリングが必須であるという技術的仕様から、結果的にwatchOS 27でも利用不可となる。さらに、EU域内に拠点を置く開発者は、これら3つのOSで自社アプリ向けの新しいSiri AI機能をテストしたり使用したりすることもできない。

 一方で、同じApple製品であっても、Mac向けの「macOS 27」および空間コンピューター向けの「visionOS 27」については、今回のDMAによる規制要件の直接的な影響を受けないため、EU域内のユーザーに対しても予定通りSiri AIが提供される。

 Appleのソフトウェアエンジニアリング担当シニアバイスプレジデントであるクレイグ・フェデリギ氏は、「年内に新しいソフトウェアリリースを共有する際に、EU域内のユーザーがiPhoneやiPadでSiri AIを利用できないことになり、非常に残念だ」とした上で「いつかお届けしたいと考えており、前進に向けてEUの規制当局との協力を続ける」と無念さを滲ませつつ述べている。

 しかし同時に、「EUの規制当局はプライバシーとセキュリティを保護する解決策のための建設的な協議に応じない姿勢を示している」と当局の硬直化した対応を批判しており、EU域内への明らかな危険が存在する現状では、欧州におけるiOSおよびiPadOSでのSiri AI提供のめどは全く立っていないのが実情だ。ユーザーの安全性を最優先するAppleと、市場の強引な開放性を追求するEU当局との間にある深い溝が埋まらない限り、欧州のiPhoneユーザーが最新AIの恩恵をフルに享受できる日は遠いと言わざるを得ない。

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