EOS Kiss Digitalから見えてくる、写真の「女高男低」気紛れ映像論(2/2 ページ)

» 2004年01月22日 08時34分 公開
[長谷川裕行,ITmedia]
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 カメラの場合も、ただ旅行のスナップ写真や子供の運動会を記録するだけの目的なのに、男性はわざわざ一眼レフを購入したりする。実際にはAFとAEに頼ってしまっても、なんだか「メカを操っているような気分」になれるのがうれしいのだ。

 そういう訳で、軽くて操作が簡単なEOS Kiss Digitalは、女性をターゲットにしたデジタル一眼レフと捉えて間違いない。

セットの専用レンズで実用は十分

 EOS Kiss Digitalのカメラ本体は10万円を切る安さだが、18ミリ〜55ミリの専用ズームレンズ(EF-S18-55mm F3.5-5.6)をセットにすると14万円弱くらいになる(*1)。この専用レンズはカメラ本体とのセットでしか販売されないので、「じゃあセットで購入しようか」ということになる(EOS Kiss Digitalの最新価格を調べる)。

 なんだかずるい売り方のような気もするが、デジタル専用設計で他の一眼レフには取り付けられないため、別売りにする必要がないのだ(*2)。

 18ミリ〜55ミリという焦点距離は、35ミリフィルム換算で29ミリ〜88ミリ――一般的なコンパクトカメラより若干広角寄りで、風景からポートレートまでカバーできる実用性の高い画角である。普通に使うなら、これ一本でも十分だ。

 Kiss Digitalは「レンズを交換できるけれど交換しなくても使える一眼レフデジカメ」なのである。運動会や遠方の風景を狙うなら、銀塩用の望遠系ズームレンズを一本追加すればいいだろう(*3)。

「男」の呪縛から解き放たれた写真

 銀塩カメラのEOS Kissによって、それまで一眼レフにあまり縁のなかった女性のユーザーが増え、写真人口の拡大につながった。コンパクトカメラやレンズ付きフィルムに飽きたらず、構図を考え露出を調整して「絵」を作ってみたいという憧れは、男性だけのものではなかったのである。

 ただ、それを叶えるには重い機械を持ち歩き、面倒な操作を行わなければならなかった。軽くて、しかも煩わしい操作の不要な一眼レフカメラの登場は、潜在的な女性ユーザー層を刺激したわけである。

 そして写真は、かつての「男の表現手法、男の方法論」から解き放たれた。プロの女性写真家は、やはりヘビーデューティーな撮影機材を使っている場合が多いが、EOS Kiss、そしてKiss Digitalによって「撮ること、光の絵を作ること」に目覚めた女性たちが、新しい表現者として登場してくることだろう。

Kissで変わる写真表現

 僕の勤める大学では、毎年「写真学科秀作展」を開催する。多数の応募作の中から数名だけが選ばれ、キヤノンサロン(大阪)に展示されるのだ。今年は11名の学生が入選した。そのうち男子は2人、残り9人は女子――女性の作品が80%以上を占めたのである。

 写真学科生の男女比率は現在男4:女6なので、もともと女性の方が多いのだが、それを加味しても7割以上が女性の作品ということになる。入学してくる学生の男女比率は年々「女高男低」の傾向が加速しており、2003年度の入学生では男3:女7だった。

 そして、女性の方が圧倒的に良い写真を撮ってくる。ここで言う「良い」とは、構図が巧いとか、露出が適正とか、モノクロのプリントが上手とか……そういった技術的な善し悪しではない。感性のレベルでの「良さ」である。

 どこかで見たような自動車レースの写真、風景写真、好きな写真家の作品に影響されて個性を失った写真などが目立つ男子に対して、女子の撮ってくる写真には、道ばたの花とか、友達のポートレートとか、どれも彼女たちがごく普通に接している日常を、感性の赴くまま素直に写し止めたものが目立つ。

 もちろん印象から得られた全体的な傾向であって、一般化してすべての学生に当てはめることはできない。しかし、女性がカメラを表現の道具として使い始めたことによって、写真の世界が大きく変わってきていることは事実だ。

Kissはカメラ付きケータイの延長か?!

 それにしても、写真を志す若い女性たちの感性と行動力には、驚かされるばかりだ。男はどうも、理屈から入りがちである。テーマを見つけ、方法論を確立し……と試行錯誤しているうちに、自分の決めた「撮るためのルール」に縛られ、身動きできなくなってしまう学生も少なくない。

 表現の原点は「感じる」ことだったはずである。それがいつの間にか「考えること」に重点を置くようになり、「現代写真とは? 表現とは?」なんて評論家みたいなやり取りばかりになってしまう。あるいは、機械を扱うことの方に関心を傾け、「理屈としては確かによく撮れている絵」を作ってしまったりする。

 ふと目に止まったぬいぐるみを、「わー、かわいー」とか言って思わず手に取るようなストレートな感性が、今、最も大切なのだ。そしてその感性を作品として形にするためには、余計なことに煩わされない撮影装置が必要だ。

 もう気付かれたかもしれない。これまでの一眼レフデジカメが男の道具たる銀塩カメラの延長線上にあったのに対して、EOS Kiss Digitalはむしろレンズ付きフィルムやカメラ付きケータイの延長線上にあるように思う――と、言いたかったのである。ひょっとしたら銀塩のEOS Kissも、ケータイから電話の機能を取り除き、撮影機能を付け足して重くしたもの――なのかもしれない(?)。

男ウケしないKiss Digital?

 とは言えこのEOS Kiss Digital、他のレンズ交換式一眼レフデジカメと比べても遜色のない性能を持っている。マニュアル撮影機能も十分。多点測光、部分測光など、測光モードも本格的だ。

 さらに、630万画素の大型CMOSセンサーと映像エンジンDIGICが作り出すデジタル映像は、大伸ばしにも十分耐える画質である(ただし、ソフトに不満がある。これについては次回に……)。

 個人的には、EOS 1Dより好きである。ただ、持った感じがなんとも頼りない。やはり樹脂の手触りと軽さのためだろう。男子学生にこのカメラを触らせると、ほとんどが「なんか、軽くて華奢な感じですねー」などと、手触りや軽さからくる「機械として、道具としての頼りなさ」を指摘する。対して女子学生は「簡単そう♪」とか「可愛い♪」といった感想が多く、印象はおおむねね良好だ。

 「JPEGもいいけど、RAWモードで撮れば大伸ばしもできるよ」と教えると、女子学生の何人かは「欲しいなー」「買おうかなー」と答えた。男子の場合は「やっぱりニコンのD1がいい」とか「EOSなら1Dsか10Dでしょ」といった反応がほとんど。EOS Kiss Digitalの印象も「女高男低」のようである。

フリーライター。大阪芸術大学講師。「芸術に技術を、技術には感性を」をテーマに、C言語やデータベース・プログラミングからデジタル画像処理まで、硬軟取り混ぜ、理文混交の執筆・教育活動を展開中。


*1 デジタルカメラに使われる受光素子は、フィルムと違って斜めから入ってくる光線に弱い。そのため、画像の周辺部分で感度が下がり、光量低下や偽色(本来存在しない色のピクセル)の発生を招く。銀塩用の交換レンズはこの問題に対処していないので、、周辺部にもできるだけ垂直に近い角度で光を集めるデジタル専用レンズが必要になるのだ。

*2 EOS Kiss Digitalは他のキヤノン製一眼レフと同じEFマウントだが、専用レンズは他のレンズより後玉(レンズのボディ側)が少し長くなっている。せり出した後玉がミラーに当たるため、Kiss Digital以外のカメラには取り付けられないのだ。他のEFレンズ群をKiss Digitalに取り付けることは、もちろん可能である。

*3 デジタルカメラの周辺光量落ちは、特に広角レンズで目立つ。画角の狭くなる望遠レンズではさほど目立たない。

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