こちらの記事で紹介したように、8月24日に行われたラウンドテーブルでは、前半にデザインへの取り組みについて、後半にThinkPadの信頼性、堅牢性を実現する機構設計について、デザイナーと機構設計者によるプレゼンテーションが行われた。ここでは、前半のデザインパートについて紹介しよう。後半の機構設計者の話は別記事で紹介する予定だ。
今回、デザインパートの説明を行ったのは、レノボ・ジャパン大和事業所で研究と開発、そしてデザインを担当している嶋久志スタッフデザイナーだ。嶋氏は1989年に日本IBMへ入社し、2005年のレノボ・ジャパン設立に伴なって同社へ移籍している。嶋氏がこれまでに手がけた製品は、ThinkPad 710Tを手始めにThinkPad 750C、ThinkPad 360Pなどから、ThinkPad 560、ThinkPad X30など数々のモデルなどに及ぶなど、その経歴は1992年に誕生したThinkPadの歴史とともにある。とくにThinkPad Z60シリーズ以降は、インダストリアルデザインのリーダーとして、すべてのモデルに関与している。
レノボのデザイン組織は、嶋氏が所属する大和事業所のほかに、米国ノースカロライナ州のラーレー、そして、中国の北京にある。実際の製品開発におけるデザインワークは、各拠点ごとに製品のカテゴリーを分担しており、Thinkブランドのデスクトップとディスプレイ、オプション類はラーレー、中国国内向けのノートPCを中国、そしてThinkPadシリーズのすべてとLenovo 3000シリーズを大和事業所というように、それぞれの組織の責任において行っている。
もっとも、コンセプトレベルではこの3拠点間でやり取りを密に行っているという。嶋氏によると、この取材の翌週にも中国とアメリカのデザイナーが大和事業所を訪れて、次の世代のThinkPadがどうあるべきか、次の世代のデスクトップ、そしてPCそのものがどうあるべきか、といったことをディスカッションする予定になっている。
「ThinkPad」をデザインするということに関して、レノボのデザイナーは「ブランドの“らしさ”を作る」という言葉を大事な思想として持っている。そのThinkPad“らしさ”を表現する1つが、「形状」と「機能」のバランスがうまくとれているデザインだと嶋氏は説明する。形状だけが突出しても使いにくいし、機能だけが突出しても美しくない。この両方のバランスがいいものが、レノボのデザイナーが考える「いいデザイン」になるというわけだ。
この“らしさ”を作るために、レノボのデザイナーは、次に挙げる7つの項目を常に考えてデザインをしているのだという。
例えば「簡単に使えること」では、押しボタンであればいかにも押すような形になっている、ラッチであればいかにも引く形状になっていることが求められる。また「価値を伝達する」では、外観から感じられる製品の価値をきちんとユーザーに提供できることだという。「打ちやすそうなキーボードは、打ちやすそうに“見える”だけでなく、実際に打ちやすいということが大事です」(嶋氏)。
一見デザインとは関係ないような「問題を解決する」というテーマでは、デザインによってユーザーの不安や不満を解消することが求められるという。ThinkPadの「Think Vantage」ボタンがこの典型的な例で、デザイン的には、このボタンの色と起動したソフトの画面の色、そしてその先にあるWebサイトの色を統一することで、「このボタンがサポートサービスにシームレスにつながっている」という分かりやすさに1つの軸を持たせていると、嶋氏は説明している。
ユニークなのが「ブランド認識」だ。この項目では、製品にロゴがなくても、それが「ThinkPad」であるとユーザーに認識してもらえるデザインが求められる。嶋氏によると、レノボのデザイン部門では、ロゴを隠してどこの製品か一般に人たちに答えてもらう調査を実際に行っているらしい。調査結果によると、ThinkPadはロゴを隠してもThinkPadだと認識してもらえているそうだ。
そもそもThinkPadのデザインは、イタリアの工業デザイナーで、1992年にThikPadが誕生する以前からIBMのデザインコンサルタントだった、リチャード・サッパー氏と当時のIBMのデザインチームとのコラボレーションによって生まれた。サッパー氏が「デザインはシンプルであるべき」という考えを提唱することで、“黒くてスクエア”という脈々と今に受け継がれるThinkPadの基本的なデザインが生まれた。ThinkPadのデザインは、“松花堂弁当”の弁当箱にも例えられいてる。嶋氏によると、両者の共通点は“シンプルな外形を開けると興味ある中身が出てくる”ことだという。
この“黒くてスクエア”なデザインは1992年以来15年間、基本的には変わっていないが、キーボードのレイアウトやロゴの扱いをはじめ、着実な洗練進化を遂げている。初代ThinkPadと最新型のものを並べて比べると、やはり隔世を禁じえない。また、その途中には時代によってやや丸みを帯びたものや、i Seriesのように黒くないものも登場している。しかし、こうした中にもやはりThinkPadシリーズがユーザーに与える“らしさ”は“黒くてスクエア”だったわけだ。
IBMからレノボに変わって約2年が経った。ThinkPadシリーズは今なお「IBM ThinkPad」ロゴを冠している。また、ThinkPadシリーズの開発を行っている大和事業所の部門はIBMからレノボにそっくり移された。体制としては何も変わっていないようにも思えるが、実際はどうなのだろうか? この、ThinkPadシリーズのファンであれば最も気になるところについて、あくまでも個人的な印象として嶋氏は次のように語る。
「IBM時代には、PCはIBMにおける1つの事業部、部門に過ぎなかった。しかし、今はPCで食べていく会社となっている。そのため、PCに対する力の入れかた、マネージメント、そしてノートPCに対する認識がまったく違う。デザイナーや開発者にとって仕事がやりやすくなった一方で、会社から期待されているということをひしひしと感じる」(嶋氏)
例えば、ある1つの形を作るときのデザインの広げかたをとっても、実物大サイズのモデルを10種類くらい作る。他社のデザイナーに言わせると、これは信じられないことだという。こうした力の入れかたは、まさにPC専業メーカーだからできることというわけだ。
また、中国のレノボスタッフが開発に関わるようになったおかげで、デザインの多様性が広がった。いい意味で、いままでと違うエッセンスが入ってくることで、よりエキサイティングな思考ループに入っているという。それだけに、今まで以上にたくさんのトライと深い検討が推奨されている。
「やはり、レノボになって今まで以上にたくさんのことをやれるようになりました。ThinkPad s30のときに(ユーザーの皆さんが)期待されていたことをこれからのThinkPadにも期待して欲しいと思います」(嶋氏)
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