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» 2007年02月07日 08時00分 公開

フェローが語るThinkPadの過去から今

「ThinkPadの父」とレノボが紹介する内藤氏が聴衆を前に15年に渡って携わってきた「3世代+1」のノートPC開発を振り返る。

[長浜和也,ITmedia]

 レノボ・ジャパンは、「レノボ・ジャパン イノベーション・フォーラム 2007」を2月6日に行った。IBMが同じ名称のイベントを以前から開いているが、レノボ・ジャパンとしては初めての開催となる。内容は同社幹部のスピーチとゲストを招いたパネルディスカッションで構成されるほか、ホールのロビーにはレノボ・ジャパンの全ラインアップが展示されるスペースも用意されていた。

 イベントのサブタイトルに「New World New Thinking. 次世代グローバル企業の成長戦略とは〜求められる人材像と企業像〜」とあるように、レノボ・ジャパンが取り組んでいる最新の技術を紹介するというよりは、「来るべき時代を勝ち抜く企業像を考える」(レノボ・ジャパンの告知文より)セミナーという色合いが強い。講演はレノボ・ジャパン代表取締役社長の天野総太郎氏による挨拶に続いて、来日したレノボ・グループ社長兼CEOのウィリアム・アメリオ氏による基調講演、次いでレノボ・ジャパン取締役副社長の内藤在正氏(研究・開発担当、レノボ・ノートブック・ビジネス・ユニット開発担当 バイス・プレジデント レノボ・フェロー)が今にいたるThinkPadの開発にまつわるエピソードを紹介した。

レノボ・ジャパンになってもThinkPadといえばこの人、といわれる内藤在正レノボ・ジャパン取締役副社長、というよりレノボ・フェローという肩書きがよく知られている

 内藤氏の講演は「日本初、宇宙に飛んだ弁当箱〜ThinkPad〜」と題されていたが、そのほとんどは歴代ThinkPadの開発経緯を振り返るものだった。内藤氏は現在にいたるまでの開発経緯を「ThinkPad以前」「ThinkPad第1世代」「ThinkPad第2世代」「ThinkPad第3世代」と分けて話を進めていった。

 ThinkPad以前の製品として紹介されたのは“携帯可能なデスクトップPC”のPS/2 P70とバッテリー駆動が可能になったPS/2 L40SXだ。内藤氏はこの2台から「多くのことを学んだ」と振り返る。「学んだなかで一番大切なことは、われわれは新しいものを作っていくパイオニアであるということ」と内藤氏は語るが、当時はノートPCに必要な省電力化やバッテリー管理、スタンバイ、休止状態の定義や実現に関して「すべて自分たちで考え設定して開発をしていかなければならない」状態だったという。

 1992年に「黒い筐体のノートPC」ThinkPadブランドがスタートする。そのThinkPadに求められた仕様が「10.4インチのTFTカラー液晶をA4サイズの筐体に搭載すること」「最良の使い心地を提供するデスクトップに負けないキータッチのキーボードとマウスに変わる軽いTrackPointの採用」「インタフェースを充実させるドッキングステーションとユーザーにも大容量デバイスに交換可能なHDDパック」であった。これが「その後もThinkPadを代表する特徴となりました」(内藤氏)

 それから2000年にかけて登場した第1世代にはThinkPad 600にいたるまでの製品が含まれる。そこではパワーマネジメント技術が従来静的制御だったのが1994年から動的制御を導入し、カーボンファイバーカバーによる耐久性の向上、薄型高性能ファンとヒートパイプの採用による冷却ユニットなどの技術が盛り込まれていく。

内藤氏のスピーチはThinkPadが生まれる以前の「ThinkPad紀元前」までさかのぼって始まった。ThinkPadの開発にまつわるエピソードは多くの書籍で語られているので、熱狂的なThinkPadユーザーにはすでの周知の内容かもしれない
1992年から2000年にかけて登場した第1世代のThinkPad。ここでは確認できないが「サブノートPC」の嚆矢となった「ThinkPad 220」も歴史的な名機だと思う

 内藤氏によると第1世代の末期は「ノートPCの設計から見るとCPUの発熱は冷却に大変苦労が始まった時代であって、ノートPCに搭載するCPUの動作クロックはギガヘルツの壁を破ることができない」(内藤氏)状況にあった。「望んでいるテクノロジーの進化が得られない困難な時代でもありました」(内藤氏)

 2000年から2005年に登場した第2世代のThinkPadではこういう問題の解決とともに、 段階的に機種を追加していった第1世代のユーザーから要望のあった機種間の整合性やドッキングステーションやアダプタの共通性にも取り組んでいる。この改善を反映させた新しいシリーズとして登場したのが「ThinkPad T」「ThinkPad X」「ThinkPad A」という現在まで続くラインアップだ(ThinkPad AはのちにThinkPad Rに移行)。

 2002年に登場したモデルでは念願のCPUクロック1GHzの壁を超え、HDD容量も20Gバイトを上回るようになる。スペックが数値的に向上するだけでなく、バッテリー駆動時間の向上やHDDアクティブプロテクションの導入、無線LANの普及に先立つ対応モジュールの搭載、 ユーザーがPCを管理に費やす時間とコストを削減するためのソフトウェア「ThinkVantage」の導入などが行われたのも第2世代からだ。

 レノボ・ジャパンにIBMのPC事業部が統合された2005年5月から今にいたるまでに登場したThinkPadが第3世代となる。「2002年から2004年にかけてハードウェアの進化にソフトウェアがついてこれない時代があったと思っています」と内藤氏がいうような状況にあって、一部のユーザーからパフォーマンスに対する疑問の声が上がっていたことを内藤氏は認めている。

 しかし、ThinkPad第3世代では「今までとまったく違う進化が待っています」内藤氏は述べ、PCのセキュリティソフトは常時PCの状態をチェックしたりWindows Vistaのような「より使いやすくより分かりやすいプラットフォームを提供する」(内藤氏)新しいOSやソフトウェアが圧倒的なパフォーマンスを要求してくる、と内藤氏は説明する。

 2006年に登場した「第3世代のThinkPad」ではそういう要求に応えるために「冷却性能の向上、高速度システムバスなど圧倒的パフォーマンスを支えるプラットフォームとして再設計しました」(内藤氏)など、「レノボの発足後も変わらないThinkPadの先進性信頼性を感じていただけたのではないかと思っております」(内藤氏)と、これまでも機会があるたびに報道陣に対して述べてきた「ThinkPadはThinkPadであり続ける」を幅広いユーザーに向けてアピールした。

2000年以降に登場したThinkPad第2世代は「X」「T」「A」(のちに「R」)といったラインアップやHDDアクティブプロテクション、ThinkVantageといった現在につながる技術が整備された世代でもある
レノボ時代となるThinkPad第3世代は従来からの技術を踏襲しつつもワイド液晶ディスプレイを搭載した「Z」シリーズや“骨”で筐体の強度を維持する「ThinkPad RollCage」など、IBM時代から研究してきた新機軸を積極的に実装している

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