世界中が注目するAppleの新製品イベントで、同社は環境負荷軽減への取り組みやスマートフォンを通じたヘルスケア分野への貢献を訴求しつつ、小型のiPhoneと小型のiPad Proを発表した。
発表後の反応を見ていれば分かるように、製品そのものへの驚きはない。利用環境に合わせて液晶パネルの色温度(ホワイトバランス)を変えたり、就寝前の時間帯に睡眠を阻害するという研究結果もあるブルーライトを軽減するといった、新しいiOSとの組み合わせで実現した機能を見せたが、それぞれのハードウェアに新機軸はなかった。
しかしながら、それは今回の発表会から始まったものではない。以前から続いているAppleの戦略が、明確な形で確認できたということだろう。すなわち、「Appleは覇道を極めたうえで、王道を歩む道を選択した」という、言葉にしてしまえば実に当たり前のことだ。
ご存じの通り、Appleは1996年に倒産の危機にあった。現金が枯渇し、翌月の支払を乗り切ることができないことが明白な中で、どう生き残るかを話し合ったサンタクルーズでの幹部会議は今でも語り草だ。独占禁止法違反の疑いをかけられ、分社化への圧力と戦っていたMicrosoftに資金を求め、なんとか乗り切ったのである。
その後、Appleは本業であるパソコン(Mac)事業を立て直し、21世紀に入ってからの奇跡的な快進撃を続けた。復活初期のAppleはアジテーターであり、既成のコンシューマーエレクトロニクスや家庭向けWindows PCを否定しながら、立ち位置を作っていった。
さらに自分たちの作るOSを、自分たちが提供するサービスやネットワークで結び付ける戦略を着実に勧めた結果、iPod、iPhoneなどを通じ、いつの間にか「少数派から多数派へ」と突き進んだ。iPhoneが成功してからのAppleは、揺るぎない足元を踏みしめながら歩んだ覇道だったとも言える。Appleが歩んだ道は、コンシューマー家電やパソコン業界に革命をもたらした。
しかし、覇道を歩み続けた結果として、Appleは「インターネットで結び付けられたパーソナルなコンピュータを、自社製品と自社サービスで支配できる事業環境」を手に入れている。いわば革命を成し遂げたわけで、デジタルネットワーク社会において覇者となっている中で、もう一度革命を起こす必要はない。
iOS 9へのアップグレードが完了している端末が8割に達しているというメッセージも、Appleの市場への支配力の強さを示している。
このように考えれば、iPhone SEも、9.7型のiPad Proも、それぞれに納得できる製品と言える。
高価な最先端のiPhoneだけでなく、最先端を搭載しながらも価格を抑えつつ、iPhoneの魅力的なエッセンスを持つ小型軽量の新端末は、「iPhone 6」のシリーズ発表以来、求められていたものだ。Apple自身が「4000万台の4型iPhoneが使われている」と言うように、これまでのiPhoneのラインアップでは取りこぼしていた市場をしっかりと埋める役目を果たすだろう。
先進国から新興国、とりわけ中国でのiPhone人気が高いことを考えれば、この先さらに最先端端末で市場を拡大する余地は小さくなっている。ここでラインアップの幅を広げることで顧客ニーズを満たそうとしたわけだ。恐らくAppleは、対Android端末といった意識はしておらず「iPhone以外しかなかった市場に、iPhoneを投入した」という意識ではないだろうか。
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