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ソフトバンクのARM買収は正しい選択か?本田雅一のクロスオーバーデジタル(1/3 ページ)

» 2016年07月20日 14時30分 公開
[本田雅一ITmedia]

 日本では3連休最終日だった7月18日の月曜日、ソフトバンクグループが英ARMを買収するというニュースが駆け巡った。買収額は約240億ポンド、日本円で約3.3兆円という日本企業による企業買収では過去最大の規模になる。

ソフトバンクがARM買収 ソフトバンクグループは半導体設計の英ARMを約3.3兆円(約240億ポンド)で買収すると発表。3カ月以内の完全会社化を見込んでおり、ARMは上場廃止となる

 ソフトバンクグループは、日本のガンホー・オンライン・エンターテイメント、フィンランドのSupercellといったモバイルゲーム企業や、中国の電子商取引会社アリババ・グループの株売却などで2兆円近い資金を調達しており、その行き先がどこになるのかと話題になっていた。もともと手元資金として2兆円を超える現金を保有していたうえ、株式売却による現金も近く振り込まれる。

 追加1兆円の資金をみずほ銀行から調達するが、これも売却株式の代金が振り込まれるまでのつなぎ融資との説明だ。3.3兆円という巨額の買収資金は完全に自腹。ARMは(買収金額ほどの)大きな売り上げや利益を出しているわけではないが、近年は継続して黒字を続けている。今後もARMの売り上げは継続的に伸びていくだろう。巨額融資ではあるものの、のれん代の大幅減損に追い込まれる、といった事態は起きないと予想される。

 ソフトバンクグループの孫正義社長は「投資の目的はIoTがもたらす非常に重要なチャンスをつかむことにある」と明言している。IoTとはご存じの通り、Internet of Thingsの略で「モノのインターネット」と呼ばれるジャンルだが、テクノロジー分野に詳しい人たちの間でも「3兆円を超える資金のARM投入が、本当に正しいことなのか」と疑問の声が出ている。

孫正義社長 英国でARM買収について発表するソフトバンクグループの孫正義社長

 だが現代社会には、普遍的にネットワークデバイスが存在し、使用者が知らないところで多様なコンピュータが動作している。そうした中にあって、ARMの強みは「普遍的に存在する」プロセッサの権利を保有していることだ。

 普遍的な存在であるという事実は、iPhoneを含む大多数のスマートフォンにおけるARMの採用率といったところを越えて大きな意味を持っている。「われわれが現代社会において、ARMが存在しない空間に存在することは極めて難しい」と言えるほど、ARMは普及している。これこそが、ARMの価値だろう。

 もちろん、孫正義氏の真意は分からない。しかし、ソフトバンクグループは株主総会の中で、(Pepperのような)スマートロボットとIoTの数が爆発的に増えると予測し、AI(人工知能)とともに集中的な投資を行うことを表明済みだ。同社は1人あたり1000台を越えるIoTデバイス、世界人口より多くのスマートロボットが2040年には使われていると予想している。

IoT ソフトバンクグループは、2040年に1人あたり1000台を超えるIoTデバイスが使われていると予想

 そんなIoT時代の新しい市場環境において、ARMの持つ知財が極めて重要であるという仮説のもとに、筆者が思うことを書いてみたい。

ARMとはどんな会社なのか

 ご存じの方には釈迦に説法だが、ARMというマイクロプロセッサ(CPU)は、Acorn Computers(エイコーン・コンピュータ)という、かつて英国に存在したパーソナルコンピュータメーカーが開発したものだ。当初は6502というApple IIにも使われたCPUを代替する目的でつくられた。その後、AppleやVLSI Technologyが出資し、1990年にCPU開発会社として創業したのが現在のARM Holdingsの源流となる会社である。

 詳細な経緯は省くが、ARMが今日まで生き残っているのは、複雑性を徹底的に排除したためだ。それゆえに当初、性能を出すことができずにパーソナルコンピュータ向けプロセッサとしては成功しなかったが、組み込み向けとして大成した。今日のARMはより複雑で、性能を高められるデザインになったが、その主な用途から常に消費電力あたりに得られる性能を高めることが重視されている。

 また、ARMは自社でプロセッサを開発、生産、販売するのではなく、プロセッサのデザイン(設計)のライセンス販売に事業をフォーカス。さらにはアーキテクチャライセンスと呼ばれる、ソフトウェア互換性を保持しながら独自の改良を加えることを許すライセンスを他半導体メーカーなどに与えるなど、柔軟なビジネスモデルも採用している。

 このため、さまざまな領域で多様な性能、多様な機能を持つプロセッサに採用され、アプリケーションプロセッサとして機能統合が進む中で好んで使われるようになった。その結果、iPhoneやiPad、Android搭載のスマートフォンやタブレットのほとんどに、ARMがライセンスするCPUコアが組み込まれている。

 少々回りくどい言い方だったかもしれないが、同じように組み込みに向いたRISC型プロセッサの中でも、特にコンパクトな設計で自社設計の統合プロセッサに使いやすかったことで、結果的にスマートフォンやタブレット……すなわち、今日使われているパーソナルコンピュータ(PCではなく、個人にひも付いたコンピュータという意味)がARM色で染まったということだ。

スマホに採用されるARM製品 スマートフォンには多くのARM製品が利用されている。ARMアーキテクチャはAndroidスマートフォンでおなじみのQualcomm「SnapDragon」、AppleのiPhoneが搭載する「Ax」プロセッサなどのベースとなっており、スマートフォン市場では独占的な地位にある
ARMベースチップ出荷量 2015年には約148億個のARMベースチップ(SoC)が出荷されたという

 しかし、これはあくまでARMプロセッサが社会の中に顕在化している一例にすぎない。冒頭でも述べたように、ARMが設計したプロセッサは世の中に普遍的に存在しているからだ。しかも、半導体業界の巨人であるIntelが普及を目指した省電力プロセッサのAtomが、2016年春に新規製品の開発を断念。徐々に撤退を始めているという背景もある。

 ARMは世代を重ねるごとに、互換性を維持しながら性能や機能を強化してきた。現在では、そのままPCで使えるほどパワフルなものもあるが、一方で目に見えない、使用者がそれをコンピュータだと知らずに使っているような組み込み用途にも採用されている。

 ARMはプロセッサの生産と販売を行っているのではなく、あくまでデザインを販売しているからだ。例えば、ニンテンドー3DSなど現在世界で販売されているポータブルゲーム機の大多数にもARMプロセッサが使われている。

 そして現在、ARMが提供している設計や命令セットは多様だ。中でも組み込み用のCortex-Mシリーズは、小さなリモコンやウェアラブルデバイスにも入り込んでいる。例えば、PlayStation 4のゲームコントローラーの中にもARMアーキテクチャは存在している。

ARMの対象市場 ARMの対象市場は多岐にわたる
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