衛星から森林を監視 企業は環境破壊を止められるか?

» 2017年02月17日 06時00分 公開

 陸地の約30パーセントを覆う森林地帯。16億人の人々が食料や建材など、森から直接的に恩恵を受け、多くの動植物が生息する。「森は地球の肺」といわれるように、樹木は二酸化炭素を吸収し、地球温暖化を抑える役割も担う。

 しかし、その重要性にもかかわらず、世界自然保護基金(WWF)によれば、毎年12〜15万平方kmもの規模で、森は失われていっている。これは、北海道、四国、九州を合わせた面積に相当。温室効果ガスの15%が、森林減少によるものだそうだ。

 農地や宅地開発、材木の切り出しなど人間の経済活動がその原因だ。この森林減少に手を打つべく、昨今、「森林破壊ゼロ」を目指す企業も見られるようになった。そんな取り組みを支援すべく、今までにはなかった精度の衛星画像を取り入れた新システム、「スターリング」が開発された。

衛星から森林破壊を監視するシステム「スターリング」。光学・レーダー画像の徹底的な分析が不可欠だ

本当に「森林破壊ゼロ」は達成できているのか?

 「森林破壊ゼロ」と一口にいうが、どのような裏づけがあってそれを証明できるのだろうか。今まで、目標に達しているかどうかを確認するには、生産者をはじめとする関係者の自己申告や監査役の、ある時点に限られた状況報告に頼らざるを得なかった。

 しかし、それらは客観性、正確さを欠く可能性が大きい。誰が査定するのであっても、広大な対象エリアを継続的に観察するのは難しい。生産者が使う下請けや孫請けの動きまでをもつかむのは困難を極める。

 ところが、それを実現できるサービスが出てきた。2017年4月に販売開始が予定されている「スターリング」は、面積の増減をはじめ、世界の森林の変遷を客観的に、目に見える形で把握することができるシステムだ。

 これはエアバス・グループの防衛宇宙部門であるエアバス・ディフェンス・アンド・スペース(エアバスDS)、世界でもまだ数少ない、リモートセンシングの専門組織であるサービジョン、そしてサプライチェーンにおいて倫理・環境保全活動を進める非政府組織であるTFTが協力して開発した、企業向けの森林モニターシステムだ。

光学画像とレーダー画像の併用が鍵

 スターリングでは、一定期間にわたり広いエリアを、エアバスDSの光学衛星を利用して、分解能1.5mの光学画像を撮影。ここまで高い分解能だからこそ、生えている樹木の種類をはじめ、森林破壊された跡なのか、新しく苗木を植えたところなのかを識別できる。

 さらに、レーダー衛星からの情報も併用している。空に雲がかかっていても、画像の取得が可能だからだ。熱帯に位置するインドネシアやマレーシアでの、長い雨季における調査にはなくてはならないツールとなる。また、情報のアップデートは6〜10日ごとと、頻繁に行われる。今までのモニターシステムでは不可能だったことを、スターリングは可能にする。

 情報の分析も密に行われる。サービジョンはレーダー画像、エアバスDSは光学画像を担当する。報告書は、TFTによる環境分野における専門的な監修のもと、マップ、森林破壊の有無、その傾向などの情報を、サービジョンとエアバスDSがまとめる。

衛星からの広域にわたる画像
1と2のエリアをクローズアップすると、2には森林を焼き払った跡が見られる。また1に写っている木々は主にアブラヤシだが、産業用プランテーション、小規模農園などの違いがはっきり分かる(全写真ともTFTから)

アブラヤシ・プランテーションを対象に進むパイロット・プログラム

 現在、スターリングを試験的に利用しているのは、大手食品・飲料会社のネスレ、イタリアの食品会社フェレロの2社。製品の原料であるパーム(ヤシ)油を供給する、インドネシアとマレーシアのアブラヤシ・プランテーションを含む6,000平方kmに及ぶエリアの実態をつかむのが狙いだ。

 インドネシアとマレーシアは市場の約85%を占めるパーム油の主要産地であると同時に、急速に森林破壊が進むところでもある。パーム油は、スーパーマーケットで販売されている製品の約半分のほか、化粧品や燃料にも使用され、用途が広い。

 持続可能なパーム油のための円卓会議によれば、1990年から2010年までの20年間で、インドネシア、マレーシア、パプアニューギニアの3カ国において、計3万5000平方km、つまりほぼ九州の面積に匹敵する森林が、アブラヤシのプランテーションに取って代わられたといわれている。世界中からの需要に対応するためだ。

森林の減少を食い止められるかどうかは、私たち次第

 スターリングの優秀さを認め、2016年末、発売前にもかかわらず導入を決定した企業もある。世界のパーム油市場の約45%を占める、アグリビジネスの大手、ウィルマー・インターナショナルだ。2013年に、「森林破壊ゼロ、泥炭地破壊ゼロ、開発ゼロ」の方針を打ち出している同社は、スターリングからの情報をもとに課題を明確にし、生産国政府や関係機関の協力も得て、森林減少の解決を目指すことにしている。

 パイロット・プログラムは、現在アブラヤシ・プランテーションを中心に進められているが、スターリングの利用対象はそれにとどまらない。ゴムノキのプランテーション、紙やパルプのための生産林と、今後活用の幅が広がることが見込まれている。

 スターリングがクライアントにもたらすメリットは多い。森林の実情が確認できると、可能になることがいろいろとある。原料生産者の管理が徹底できること、社内の関連部署において正しい方向に向けての決定が下せること、そして消費者や取引先に、森林破壊ゼロの取り組みの成果を示せること、などだ。

 さらに、スターリングは企業のメンタリティにも変化を与えることになるだろう。今までは、環境保護団体などの外部からの圧力で、努力が不十分なことを知り、対策を講じる傾向にあった。しかし、同システムの助けで、まず企業が最も正しい情報をつかみ、他者の干渉なしに、自らで何をすべきかを検討、実行できる。その究極の役割は、「企業に、自発的に責任ある行動をとるための力を与えること」だ。

 スターリングのおかげで、森林地帯の状況が正確に把握できるようになる。しかしそこから先、実際に森林破壊にストップをかけられるかどうかは企業、ひいては人間の手に委ねられていることを忘れてはならない。

スターリング開発のきっかけ、目的などが分かりやすくまとめられている

ライター

執筆:クローディアー真理

編集:岡徳之


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