フィル・シラー×林信行が振り返るAppleの2018年、iMacからの20年(2/3 ページ)

» 2018年12月30日 14時18分 公開
[林信行ITmedia]

2018年、進化したiPhoneカメラを振り返る

 Appleは2018年、どんなテクノロジーを提供し、私たちの暮らしをどう変えたのか。

 最も分かりやすい例は写真だろう。「文化的に見ても日本では写真が生活の欠かせない一部となっている。それだけに新世代のiPhoneの進化したカメラの描き出す並外れた品質の静止画や動画は人々の日常を大きく変えるだろうと思う」とシラー。

 2018年は、スマートフォンの写真の品質が、デジタルカメラの及ばない領域へと足を踏み出した記念すべき年だった。一瞬にして何枚もの写真を撮り、それをスマートフォン内のAIに最適化されたプロセッサが解析して、現実よりも美しい心象風景を記録に残す新時代の写真が広がり始めている。

高性能なレンズとイメージセンサー、そしてA12 bionicによって、スマートフォンとは思えないクオリティーの写真を撮影できる

 「これを実現する上で重要だったのはバランスだった。ユーザーにただ1枚、美しい写真を提供するためだけに、優れたセンサー、レンズ、そしてとてもパワフルなCPUといったハードウェア、さらにAIに精通したソフトウェアエンジニアチームが非常に高速なテクノロジーを作り出した。ただ、写真を撮るというそれだけの行為の裏に、見えない多くの努力が潜んでいる。実はユーザーが一度、シャッターを押すだけで何枚もの写真を同時に撮影して、写真が撮られたのがどんな環境かを判断し、最も広い色調が出るようにスーパーHDR合成をして、写り込んでいる人々の顔や身体を認識して、そこに焦点が合うように配慮する。あるいはポートレート撮影をした場合には、そこにコンピュータで計算したとは思えない自然なぼかし効果をかけている。直感的で簡単な操作の裏には、実は多くのことが潜んでいる」(シラー)

 このようにユーザーが求めているであろう映像をコンピュータが合成することを英語では「Computational Photography」(計算写真学)と呼び始めている。

 「従来のカメラの能力の枠を超えた新しい写真。今、この分野が大きく広がりつつある。こうした写真を作る上では、センサーも大事だし、レンズも大事だが、何にも増してソフトウェア技術が大事になってくる。私たちの強みは、この機能を誰もが簡単に使えるものにするべく、ソフトウェアチームがCPUを開発しているチームと直接やりとりして、両側から最適化を図れることだ」(シラー)

 確かに既成の部品を使わず、中のプロセッサまで自作しているのは、他社にはないAppleならではの大きな強みであり、そのレベルからの調整をかけた機能となると他社は簡単には太刀打ちできない。

 「統制のとれたチームが、フォトグラフィーの文化にきちんと敬意を持った上で明るさ、ホワイトバランス、色調、そういったものが全て良い状態になるように作り上げたのが最新のiPhoneのカメラ機能で、iPhone XSシリーズの広い色域をもつHDRディスプレイの上で映えるように作り込んでいる。もはや、撮れた写真がどこまで素晴らしいかは印刷してしまっては分からない。なぜなら画面の上の方が印刷よりも、はるかに広い色を再現しているからだ」(シラー)

iPhone XSで撮影した写真作例

 この状況を一体誰が想像しただろうか。11年前に登場した初代iPhoneカメラの品質は、当時の他の携帯電話と比べてもお世辞にも優れているとはいえなかった。カメラに詳しい人たちは「なかなか味がある写真が撮れる」と評価をしていたが、およそ仕事に使える品質ではなかった。

 しかし、数年前にはファッション業界やデザイン業界の記者でもiPhoneのカメラで仕事の写真を撮る人が増え、今ではファッションショーなどを見にいっても、iPhoneで写真を撮っている。

 かつてiPhoneの弱点だったカメラ機能は、今や毎年、その年のiPhoneの最もエキサイティングな進化のポイントになっており、一時は世界を制していた日本のカメラメーカーも、すっかり存在感が薄くなってしまった。そこで思い切ってシラーに、日本のカメラメーカーに何かアドバイスがないかを聞いてみた。

 これは元ソニー代表取締役の安藤国威氏に聞いた話だが、故スティーブ・ジョブズは、よくシラーを引き連れてソニーに遊びにきていて、発売前の最新のデジタルカメラなどを見せてもらっていたという。ソニー製のデジタルカメラは、いち早くGPS機能を採用したが、これも実はジョブズからもらったアドバイスで搭載したものだという(同インタビューは「スティーブ・ジョブズは何を遺したのか」/日経BP刊に掲載)。

 「実は私は大のカメラ好きで、何台もカメラを持っているんだ。でも、実際にはiPhoneで写真を撮ることの方が圧倒的に多い。簡単に撮れることや、撮った写真をどこへでも一緒に持ち歩けること、写真を撮るときに被写体にプレッシャーを与えないことなどが主な理由だと思う。そうしたことを脇に置いて、それでも使うデジタルカメラに一番、望みたいことはiPhoneやiPadとの連携をもっとよくしてほしい、というソフトウェア上の工夫の部分だ。iPhoneとデジタル一眼レフカメラを行ったり来たりすることをもっと簡単にしてほしい。今はすごく大変だから。もし、これが仕事で撮影した写真をMacに取り込んでどうにかしよう、というのなら今のままでもいいのかもしれない。でも、相手がアマチュアやプロシューマーとなると、話は変わってくる。今のiPhoneやiPadへの転送は決して楽しい体験ではない。写真を撮る瞬間だけでなく、その後の体験も、もっと楽しくあるべきだと思う。これら全てが使う人のクリエイティビティーにつながってくるからだ」

 iPhoneのカメラが人気なのは、まさに撮る体験そのものが楽しいからだと実感している人は多いはずだ。クリスマスパーティーに行っても、冬休みに訪れた観光地を見渡しても、どこに行ってもiPhoneで楽しそうに写真を撮っている人たちの姿を見かける。

 シラーはこうも付け加えた。

 「私たちは今、これまでのカメラ業界が体験したことのないペースで写真技術を進化させている。でも、それは決して技術好きな人を喜ばせる画素数やレンズの明るさといった話ではなく、例えば、Super HDRといった新しい写真体験を通した進化になっている。ユーザーは写真を撮るとき、裏で何が起きているかなんて一切考える必要はないが、シャッターを切ってみると、驚くほどきれいな写真が撮れている。そういう写真が気に入らない上級ユーザーもいるだろうが、そういった人たちは膨大な数のカメラアプリの中からお気に入りのものを見つければRAWファイルからの現像だってできる。だが、ほとんどのユーザーは私たちが用意している標準機能で十分に満足するはずだ」

 確かにiPhoneのカメラの進化は著しく、しかも、それは加速している。写真の質の決め手がソフトウェアに移行し始めた2018年以降、この勢いはさらに加速しそうだ。

 ただし、この楽しいカメラ体験には1つ問題点もある。ついつい写真を撮りすぎてしまうのだ。実は筆者も、過去に撮った写真がいつでも取り出せるというコンセプトにひかれてiCloudの写真機能を愛用しているが、いろいろとすてきなイベントや場所に招待されては写真を撮りまくるので、気がついたらiPhoneでiCloudが写真だけで1.5TB埋まっていて、もはや、iCloudの最大容量である2TBがいっぱいになってしまい書類の同期もできない状態だ。しかも、頑張って空き容量を作っても、すぐに同期できていなかった写真で埋まってしまう。こんな状態で既に2カ月以上、毎日、容量不足の警告を見て、iPhoneのバックアップもできていない。

 「有料でも構わないからクリスマスプレゼントとして容量を増やすオプションを作ってほしい」とシラーに伝えた。シラーは何も約束はしなかったが、笑いながら「良いフィードバックをありがとう」と答えた。

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